Defenderピヨピヨ日記(NO25 西暦2023年ランドローバー奇跡の年)

Defender購入後日記

 2023年12月9日(土曜日)の朝4時30分、目覚ましが鳴る。今日は中さんのレンジローバーSEの納車式なのだ。外に出てみるとまだ真っ暗だ。さきもりちゃんの、じゃあなかった、ディスカバリースポーツのエンジンスタートボタンを押し、京都に向けてアクセルを踏み込む。

清洲、養老経由で、7:00AM、関ケ原に到着。今日の一日を象徴するかのような美しい朝焼けだ。ワクワク感が込み上げてくる。
関ケ原を越えて、姉川脇の道の駅に立ち寄る。伊吹山には笠雲がかかっていた。木之元、マキノ、朽木、途中、三千院と下道を楽しむ。

 1932年という年は、僕が学んできた核物理学において、奇跡の年と呼ばれている。チャドウィックによる中性子の発見、アンダーソンのよる陽電子の発見、ユーリーによる重水素の発見、コッククロフトとウォルトンによる加速陽子によるリチウム核の人工的壊変の成功、と数々の大きな発見がおこなわれた年なのだ。この記念すべき年からほぼ90年後の2023年、僕の友人の中さんが、この一年の間に、レンジローバースポーツ、アーバンナイトディフェンダー、そして、レンジローバーSEとランドローバー社の人気車種を三台も乗り継ぐという奇跡を、驚異を、やってのけた年となったのだ。

 このような偉業を成し遂げた舞台裏は以下のようなものだったのだろう(外野としての僕の推測、創作を含むが)。

 ドイツから帰ってきた中さんは電撃作戦でレンジローバースポーツを購入した。それを4~5年弱乗った頃に前代未聞の中古車価格高騰が訪れた。全国4位の営業成績を誇るM田氏はそのチャンスを見逃さなかった。

「今。レンジスポーツを売れば、高い値が付き、それを元手にさらにグレードアップした車種を購入するチャンスですよ」

とジャブを繰り出した。中さんも潜在意識にはレンジローバーヴォーグ(現在の区分けでは”SE”)を人生最後の車として買いたいというものがあり、それとM田氏の言葉は共鳴し合った。更に、そこに防人(僕)が登場し、あろうことかディフェンダーを購入し子供のようにはしゃぐ姿を目の当たりにしたことが触媒になり、中さんの心はざわめき立ち、童心に戻って行った。それを見たお嫁ちゃんは、おもちゃ売り場の前で地団駄を踏んでおもちゃを欲しがる少年を見るような気分となり、

「しょうがないわねェー。年取ってからあの時買っとけばよかったなんて言われたらたまらないし、人生最後の車というのなら早いうちに買っちゃって!」

というセリフを中さんに投げ掛けてしまったのである。そこからの中さんの行動は速かった。さきもりちゃんの半年点検で京都にやってくる防人を操り、レンジローバーの試乗を計画させた。そして、「試乗=契約」という”中さんの方程式”により、あれよあれよという間に契約が成立することになったのである。しかし、ここでさらに状況が複雑化する。その年の夏に新型レンジローバースポーツが売り出されるという情報を握っていたM田氏は、中さんのレンジスポーツの中古車価格が下落することを予想し、早めの売却を提案。納車までの1年間を、ディフェンダーをサブスク(実は、この単語の意味をあまり良くわかっていない防人なのだが!?)的な感じで乗り継ぐことを提案したのである。新型が登場してしまうレンジスポーツの値段の下落より、新型で人気のあるディフェンダーを乗り継ぐという選択の方が値段は下落しないのでお得だということか。単にお金の比較ではなく、人気車種のディフェンダーにも1年ほど乗れることが、車好きにはお金に代えがたいお得感があるということでもあるのだろう。

2023年12月9日、ディーラーに到着すると、レンジローバーSEが待ち構えていた。ディーラーの人によりすぐさま中さんのアーバンナイトディフェンダー110が隣に並べられた。
2023年5月6日にアーバンナイトディフェンダーに乗り換え、レンジローバースポーツに別れを告げたのだった。更に隣には元気なころのさきもりちゃんが写っている。

 そうして始まった、ディフェンダー生活だが、予想以上にレンジローバーSEが順調に組みあがり、船便も遅延なく日本に輸送され、何と、7カ月ほどで日本にやってきてしまったのである。これにより2023年の間に、ランドローバー社の人気車種、レンジスポーツ、ディフェンダー110、レンジSE(これは人気があるというより、ランドローバー乗りの誰もが憧れるという位置付だね)をすべて楽しむというハットトリックを成し遂げてしまったのである。あまりに芸術的な成り行きに、ただただ見守ることしかできなかった防人だった。更に、納車日も12月9日という防人が休めるギリギリの土曜日で、それより後だと、年内は休みがないので、納車式の様子を取材には行けなかったのである。すべての歯車がかみ合った展開に、日頃は信じていないのだが、神様の存在を意識せずにはいられない感じだった。

さきもりちゃんに比べて十分高級なアーバンナイトディフェンダーから超高級なレンジローバーSEへとバトンが受け継がれていく。
納車説明は白色のレンジローバーHSEの隣のスペースで行われた。うーむ、これもM田さんの気の利いた演出というものか。
花束を受け取り、Range Roverという語呂が入ったカッコいい水筒もプレゼントされていた。
いよいよ外に出てM田さんから中さんへ、車の使い方の説明がなされる。

 納車説明が終わり、レンジローバーSEに乗り込んで取り扱い説明が行われた。防人は隣で聞いていたのだが、すべてが中央のタッチパネルに集約化しており、そこから操作される贅を尽くした内容に、これは車なのか何なのかがわからなくなってしまった防人だった。動くラウンジ、動く現代建築、動く王宮、…色々な言葉が頭の中を錯綜するが、どれが適当なのだろう。ダッシュボード背後は間接照明で美しく輝き(光の色も調整可能)、サウンドはMERIDIANの音響システムでジャズをかけながら夜の街を走れば、その空間はまさに高級ラウンジそのもの。後席でワインとおつまみでのんびりナイトクルージングを楽しみたいものだ(もちろん、運転手は中さんだ)。後席、助手席は自動で折りたたまれるし、運転位置はコンピューターが学習してくれて、その人の好み(三人まで)を覚えてくれるらしい。テイルゲートは二段に分かれていて、上下非対称に観音開きして、上側は雨を遮る屋根代わりにもなり、下側は座席となってくれるので、そこに座りCoffeeを飲んでも雨に濡れない構造になっている。ドアを閉めたとき、半ドアー気味になったとしても自動的に閉まってくれるし、ドアノブも自動で登場、サイドステップも自動で登場、…、M田さんの

「最近のレンジは電子レンジです」

という言葉が思い出された。

サイドはさっぱりしていますが・・・。
乗り込もうとすると、自動でサイドステップが登場。
Range Roverの語呂がランドローバー社のフラグシップモデルとしての威光を放っている。
シンプルモダンなその外観は美しいの一言。これは車なのか、それとも建築なのか。
ショールームからみんなが出てきて、中さん夫婦はレンジに乗り込んで…。アッ!ボキを置いて行かないでェー‼
要人が乗るレンジローバーをホテルの総支配人(M田総支配人)が出迎える的な写真。こんな雰囲気がとても似合っていると思うのだが!
新車に乗り、ディーラーから乗り出すときの典型的なシーン。なんか、カッコいいよね。
まずは、嵐山の渡月橋付近までドライブする。民衆がレンジを歓声をあげて出迎える(単に観光客でごった返しているだけだけどね)。

 ディラーからみんなに見送られて、京都の町に乗り出し、嵐山までドライブした後、”かつくら”というとんかつ屋さんで昼飯を食べ、興奮気味に車談義を楽しむ。その後は、お嫁ちゃんを家に送り、悪ガキ二人でドライブを楽しむことに。

昼飯は"かつくら"という京都を中心に店舗を展開するとんかつ屋さんに入る。
写真はゆばで野菜を包み込んで、それをカツにしたもの。これはとても美味しかった。
主賓の中さんは、巨大エビフライとヒレカツセット。お嫁ちゃんはカキフライとヒレカツセット。

 宝ヶ池のあたりで中さんが、

「助手席や後席の雰囲気を知りたいから、防人、お前運転しろ」

と言ってくるではないか。

「イヤぁー、僕は車は運転できるけど、ラウンジとか、家とか、宇宙船とかは運転できないので」

と断ろうとするも、気が付くと運転席に座らされてしまった。2000万円レベルの車、新車、納車日、…という色々な言葉が頭の中をぐるぐる回り、手に汗がにじみ出る。恐る恐るDレンジに入れて、アクセルを踏み、ゆっくりと運転を始めると…、あらッ、不思議!思いのほか左右の見切りもよく、運転はしやすい。しかも、剛性感が異常に高い。よく、ディフェンダーが従来の3倍の剛性率で…、とか言われていたが、レンジローバーのそれは遥かに凌駕しているように思われた。体と操作の一体感は、瞬時に車の末端と運転手を連結してくれる。重厚感からくる操作の遅れを感じることは全くない。カーブでも安定したコーナリング特性を発揮し、左右に振られることはない。これは後輪の操舵機構を備えたオールホイールステアリングが装備されていることからくる異次元の安定感なのか。3L直列6気筒ディーゼルターボ<300ps/650Nm>は加減速も思いのままで、高速道路でもフラストレーションは感じられない。つまり、峠を攻めても、街中の加減速があろうともまったくもって機敏な反応を見せてくれるのである。しかし、そうは言っても、このレンジローバーと言う車は、あまりちょこまか加減速したり、左右にハンドルをせわしなく切るような運転より、優雅に運転したほうが楽しいと思った。まあ、車を運転と言うより、電車や宇宙船を操縦しているような気分(もちろん操縦したことないけど)なのである。電車の運転手になることが夢だった防人としては、このまま、運転して名古屋に帰ってしまいたい欲望に駆られた。

レンジローバーSEを運手させてもらうという光栄に浴する防人。宇宙船を操縦する(したことないけど)ような感じにただただ感動し、少年に戻ってはしゃぐのであった。
剛性感、安定感、重厚感、どれをとっても最高級の仕上がり具合。これはもはや車ではない。電車、船、宇宙船、動く家…?得体の知れない乗物に遭遇して茫然とする防人!

 その後、悪ガキ二人は、滋賀近江八幡のクラブハリエにバームクーヘンを買いに行くことを目標に掲げ、ドライブを続けるのだった。往路は中さんが高速走行を確かめるために運転し、復路は防人がさざなみ街道、琵琶湖大橋、途中、三千院、そして京都とロングドライブを任せてもらったのだ。しかし、よくもまあ、納車当日の車を、それも超高級車を他人(と言っても40年以上の付き合いであるが)に運転させてしまうものだ。この中さんの心の広さには脱帽するしかない。

三時ごろからは、中さんと僕の二人で慣らし運転を兼ねて近江八幡のクラブハリエ・ラ コリーナへ。到着したころには真っ暗になり、お店屋さんの外観を見渡すことが出来なかった。ここはテーマパークの様になっているので、天気の良いのんびりした日に散歩を兼ねて出かけると楽しいよ。
有名なバームクーヘンだ。これを丸ごと買って、端からむしゃむしゃ食べてみたい。もともとは1872年(明治5年)に和菓子屋さんとしてスタートし、現在は洋菓子で有名になってきた。創業以前は種を売る商いをしていたので、"たねや"という名前になったのかな。、

 このように2023年末の最大のイベント、レンジSE納車の取材も終わり、防人は軽量の(⁉)ディスカバリースポーツを左右に操り、先ほどレンジSEを運転した道を逆にたどり、名古屋へ帰るのであった。助手席には中さんと買った少し大きめのバームクーヘンが鎮座していた。ふと僕は”M田の定理”を思い浮かべていた。

M田の定理

男が「これが最後の車」と言って、最後となったためしがない。

コメント

  1. てんぷらさん より:

    レンジSE納車の取材お疲れ様でした。2000万円の新車かつ納車日の運転お疲れ様でした。40年以上のお付き合い羨ましいです。
    1年に3台も乗り継ぐというのは、凄い偉業ですよね。私も大好きな電撃作戦(高い意思疎通能力と高い指揮系統の中、機動力を活かして敵陣地を突破し、敵に連携・陣地構築・防衛といった時間的な余裕を与える間も無く包囲し、屈服させること)敢行して見事やり遂げましたね中さん。
    そう、男のこれが最後は最後ではないですね(笑)・・・私は一筆書面に書いてありますので・・・

    • さきもり さきもり より:

      取材に行ったおかげで、レンジSEをたっぷりと運転できるという普通はありえない体験をできて、幸せでした。それにしても、てんぷらさんは電撃作戦の定義について詳しいですよね。もしかして、戦艦とか戦車には造詣が深いですか。僕は息子と呉とか舞鶴とかに行ってイージス艦とか見てきましたし、横須賀の「戦艦三笠」とか「アルキメデスの大戦」とか吉田満の「戦艦大和の最後」とか阿川弘之の「戦艦長門の生涯」とかを夢中で読んだり見たりしていました。今でも中さんに「防人は小学校の頃、軍国少年だったよね」と言われています。戦艦大和の機能美に魅せられて、特に主砲の幌に夢中になって必死に模していたなあ。まあ、だからと言って戦争は反対派なのですがね。
      M田の定理は男の心理を射抜いていますが、僕も奥さんに「最初で最後のディフェンダーだ」とか言っていたのを思い出します。 てんぷらさんは一筆書面に書いてあるのですか。ディフェンダーみたいな車は最初で最後?と言うことですか。まさか、より厳しく”真に最後の車”ということではないのでしょうが。我が家は、ディフェンダーみたいな贅沢な車は、さきもりちゃんで最初で最後かなあ!その後、旧型デフェィンダー⇒70系ランドクルーザー復刻版⇒ジムニーシエラ⇒ジムニーと乗り継げたら最高だけど、夢物語だろうなあ!

      • てんぷらさん より:

        こんばんは。わたしなんてイヴォークすら運転したことないですよ。羨ましい限りです♪
        呉も舞鶴も好きで行きますよ。近くだと三笠のある横須賀、あと霞ヶ浦、遠くは鹿屋、旅順、大連。
        本はどちらかというと歴史群像とか、図説や設計図が載ってるものばかり読んでました。戦艦も子供の頃沢山建造しました。大和とアイオワ作って艦隊決戦とか勝手にやってました。
        私も平和主義者ですが、対話だけで成り立たないのが実際の世の中なので、自分を守るための力は必要です。江戸時代が250年続いたのは圧倒的な軍事力を持っていたため手が出せなかったからです。
        ディフェンダーみたいな車は最後と、当分車を買いませんの文言です。ジムニーシエラは探検用に欲しい1台です。これ買っちゃうと常にジムニーシエラ乗って宝の持ち腐れになっちゃいます。

        • さきもり さきもり より:

          やっぱりジムニーシエラは日本の林道には万能ですよね。恐らく、さきもり号の次の車はシエラになる予感がしています。
          旧型ディフェンダーも憧れますが、お金も荒馬を乗りこなす自身もありませんからね。そうすると、僕も防人から名前を改名しなくては(笑)!
          それはそうと、江戸時代と言うと泰平な世の中で、幕末は薩長にやられてしまったので、軍事的に徳川幕府を意識したことが
          無かったのですが、なるほど、強大な軍事力を持っていたから長続きしたわけですね。幕末はその軍事力をうまく活用
          出来なかったということか。

          • てんぷらさん より:

            防人改めてSAMURAIですね。どちらにしてもカッコいい(≧∇≦)b ラストサムライとか
            江戸幕府はあとしっかりした法体制ですね。禁教、参勤交代などなど
            幕末はもう弱いですね日本は。地理的な部分で大丈夫でしたが。

          • さきもり さきもり より:

            てんぷらさん、天才ですね!最高!
            ディフェンダー=防人=侍(さぶらう)!そして、ジムニーは北米大陸では「SAMURAI」だ。そして、ラストサムライか。これ、次なるブログタイトルで是非とも使わせてください。

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