2022年10月23日、朝6時30分、目覚ましのベルで目が覚める。昨日は興奮のあまり寝ることはできないと思ったのだが、はしゃぎすぎて疲れたのか(ガキみたいだな)、ぐっすり寝てしまったようだ。布団の中で再び目を閉じる。20年前にワチェットの鈴木寿さんのディフェンダーに憧れて、7カ月ほど前に契約し、そして、今日、ついに納車。20年間のことが走馬灯のごとく蘇り、興奮が僕を包み込み、血沸き肉躍る(?)状態になったので、飛び起きてドタドタと階段を降りながら、家族を起こしてまわる。朝食を食べ、シャワーで身を清め、正装し(軽井沢のディフェンダーカフェで買ったTシャツを着たということ)、
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車のキー持って玄関の扉を開けると、黒光りするパジェロが!
「君とは二年間だけであったけど、最後のMTパジェロを堪能出来て良かったぜぇッ」
と語りかける。息子のトクチンと記念写真を撮って、午前7時20分、いよいよ、キーを差し込んでエンジン始動。このキーを差し込んで…という行為も、クラッチを踏んでギヤを一速にれるという行為も、新しい車ではなくなるのだなあと思うと、一つ一つを心に刻むように大事に京都まで行こうと思う。また、M田さんから
「今日は、パジェロに150万円の札束がぶら下がっていると思って、安全運転で来てくださいよ」
との格調の高いお言葉を頂いていることを思い出し、左右確認し家を出発。気のせいか、札束の風きり音が聞こえてくるような気持になるが、これもみんな英国の高級外車ディラーのM田さんの紳士的な助言のせいだ。ファミマでいつものコメダ(名古屋人のソウル喫茶)のコーヒーを買い、京都に向けて湾岸道に入る。搭乗員は僕、奥さん、そして、息子のトクチンだ(娘は大学入試の模試が朝から晩まであるので行けないとのこと)。湾岸道を走っていると、金城ふ頭の所に自動車運搬船が停泊しているではないか。興奮しながら自動車運搬船のことをトクチンに講義していると、
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その模様を奥さんは京都の中さんにLineで実況中継しているようだった。新名神に入り、土山パーキングでトイレ休憩。その後は順調に走り、京都東インターを9時20分、山科市内はやや渋滞気味で、一乗寺のランドローバー京都にはほぼ時間通りの10時に到着。駐車場に我がディフェンダー90が駐車されているのがわかるが、車を停めるといつものようにDさんが笑顔でやってきて、
「今日はおめでとうございます。私が入れておきます」
と相変わらずの素早い対応。僕はパジェロのキーを渡す。オーッ、これでパジェロとの30年にも及ぶMT生活ともおさらばなのか!と感慨にふける間もなく、M田氏が現れて、
「まずは中へどうぞ」
と案内される。中さん夫婦はすでに到着していて、
「よーッ、防人、今日からお前もランドローバーファミリーだな」
「今日から僕も英国紳士的な行動を心掛け、いつでも、noblesse obligeの精神で、…」
と訳の分からぬ御託を並べていると、「防人様、今日はおめでとうございます」と書かれたプレートが目に入り感激する。更には、納車日だけは特別カクテル(もちろんノンアルコールだが)のコーディアル エルダーフラワーソーダ割を飲めるらしいので、トクチンはリンゴジュース、他のみんなエルダーフラワーを注文し、運ばれて来たところでみんなで乾杯! 「納車の時にこのようなことをするなんて初めての経験だなあ。さすが、英国車の納車は違うなあ!」と思ってしまう。

ショウルームに入るとこのようなプレートが。背後にはイギリスの国旗が(まあ、これはいつも飾られているのだけどね)。さあ、ボキも今日から英国紳士の仲間入りか。noblesse oblige!noblesse oblige ‼

スペシャルドリンクで、コーディアル エルダーフラワーソーダ割。英国でおなじみのエルダーフラワーを使用したシロップを炭酸で割ったものらしい。この品のある飲み物の背後で、保険で支払うお金を数える品のない僕。
僕は、「英国的」とか「欧米では」という言葉にめっぽう弱い。僕が学んできた数学や物理学が欧米でその土台が発展してきて、日本はその土台の上でこれらの学問研究をしていることになる。もちろん、天才的な日本人の物理学者である湯川秀樹、朝永振一郎、最近では小柴さんや小林、益川氏などの大きな寄与もあるが、あくまで土台があってのことだ。その土台はイギリスのアイザック・ニュートン、ジェームス・クラーク・マックスウェルだったり、デンマークのニールス・ボーア、ドイツのウィルナー・ハイゼンベルグ、オーストリアのエルヴィン・シュレーディンガーだったりするわけで、土台構築には日本人はいないのだ。物理学を学んでいるといつもこれらの巨人の名前を拝借することになり、欧米びいきに拍車がかかることになる。日本でも関孝和らを中心に独自の和算文化が発展したが、この和算には関数という概念がなかった。そのため、物体の位置を時間の関数として表す物理学というものは日本の文化からは生まれなかったわけで、江戸時代に木曽三川の治水に失敗し続けたのも物理学の一つである水理学の発展がなかったからだ。明治期に水理学を身に着けたオランダ人技師デレーケが日本に招かれて治水を行って以降、日本の川をやっとコントロールできるようになった。そんな物理の奴隷である僕が「英国生まれのディフェンダー」などという響きにコロッとなってしまうのも仕方がないことなのだ。
乾杯の後、前田さんからの納車説明では、スペアーキーは後日受け渡しとなること、給油口のロック機能が省かれていること、定期点検のこと、保険のことなどの説明が行われる。一通り説明が終わり、「今日は納車日記念特別価格です」というM田さんの号令に乗せられて、僕はサンシェードを、中さんはランドローバーのロゴが入った傘を買うことになった。こんなに立派なサンシェード今まで使ったことがないぞ。
「それでは、パジェロからお荷物をディフェンダーに乗せ換えて頂いて、…」
と言われたので、外へ出て、パジェロとディフェンダーの間に立って、それを写真に撮ってもらったりしていると、中からスタッフの方がぞろぞろと出てきて、その中の一人の女性の方が花束をもってこちらに歩いてくるではないか。何事かと一瞬たじろぐが、花束の贈呈だとわかり、ぎこちなく花束を頂戴する。今までの人生で花束を女性から手渡されるなどということがほかにあっただろうか。なんか恥ずかしくて照れ笑いを浮かべていると、周囲の人は拍手をしてくれている。30年前から細々とタンス貯金をし、20年前に寿さんのディフェンダーに憧れ、中さんによる継続的な援護射撃を受け、気の遠くなるような根回しをして、頻繁に長文のメール(論文?)をM田さんに送り付け、パジェロを高い下取り価格で引き受けてもらい、そして、何と言っても、奥さんは最終的に理解を示してくれ、…色々なことが重なって今ここで花束を受け取ることが出来ている自分はなんと恵まれていることか。中さん(中さんは大きな会社のお偉いさんである)やお金持ちの人からすると、「大げさな」と思われるかもしれないが、僕レベルの小さな会社の万年平社員からするとやっぱり、これは大きな目標だったわけで、見果てぬ夢に終わる可能性も大だったわけで、偉業を成し遂げたと言ってもいいのではないかと…。

パジェロとディフェンダー90を背景に、美しい女性から美しいバラの花束を受け取る、美しくない僕。

パジェロからディフェンダーに荷物を移す。

今日からディフェンダーライフが始まるぞ。
パジェロから荷物をディフェンダーに移し、最後に、パジェロに住み着いてる住人(住猫、ぬいぐるみ)の黒豆にディフェンダーへ移動してもらい、出発準備完了。エンジンスタートボタンを押して、ドライブに入れる。今まで失敗し続けてきたが、今日の晴れの舞台ではうまくいったぞ。中さんのレンジローバースポーツの後についてディラーをゆっくり出発。M田さん達に見送られて、白川通を北方向に右折。北山通りへ左折して少し行くと、今日の納車パーティ場所であるベーカリレストラン・サンマルクが左手に現れる。緊張の車庫入れも無事に終了して、店内へ。

中さんのレンジローバースポーツに先導され、ランドローバー京都を出発し、白川通から北山通りに左折中のディフェンダー90。なれない車の運転でドキドキだ。

ベーカリーレストランサンマルクに到着し、車庫入れも無事終わり、ほっと一息。
昼飯を食べながらの話は何と言っても車の話。そして、このような高級車を買ってしまった夫を持つ奥さんたちの嘆き、更には、昔話、釣りの話、…といろいろと盛り上がり、時間はあっという間に過ぎ去った。さてこれから車祓いに松尾大社に行くのだけど、中さん夫婦はもう帰る!?ここからは、運転は僕一人!何かあれば中さんに操作してもらえば大丈夫と思っていただけに、急に心細くなる。不安な気分満載で中さん夫婦のレンジローバーを見送り、家族三人でディフェンダーに乗り込む。ここから、渡月橋を渡って、松尾大社へ、更には、名古屋までこのディフェンダーを運転して無事に届けなくてはいけないのか。大変な重責を担っているぞと自分を追い込んでいく。

僕はビーフシチューを注文。色々なパンを薦めてくれるので、ついつい食べ過ぎてしまった。

右から、レンジローバースポーツ、ディフェンダー、そして、マセラティが駐車されていた。
サンマルクの駐車場を出発して、北山通りを西進して、金閣寺へ行き、そこからきぬかけの道を通り、渡月橋まではどうにか順調。観光客でごった返す渡月橋を渡り、法輪寺前の道を少し行くと、いきなり狭い道に突入。電信柱の所ではすれ違い不可能で、それ以外の所でどうにかこうにかすれ違いができる状況。数台対向車をやり過ごしたら、今度はこちら側がなんて悠長に考えていたが、待てど暮らせどこちらが動ける状況にならない。僕の後ろには車がたまるし、向こうからは容赦なく車が突っ込んでくる。これではいかんとステアリングを切り道の中央に車を出し通せんぼをするが、対向車お構いなく突っ込んでくる。すれ違えるのか?電信柱、対向車との接近しすぎによるアラームがディフェンダー内に鳴り響く。ここで車を乗り捨てて、電車で名古屋に帰るか!追いつめられる僕。ふと、頭の中に高村幸太郎の”道程”という詩が思い浮かぶ。
僕の前に道はない(僕の前から車は来る)、
僕の後ろに道はできる(僕の後ろに車はたまる)、
ああ、自然よ、父よ、僕を一人立ちさせた廣大な父よ(ああ、M田さんよ、中さんよ、僕を一人で運転させた無慈悲な中さんよ)、
僕から目を離さないで守ることをせよ。
常に父の氣魄を僕に充たせよ(常にディフェンダーの運転手としての能力を僕に充たせよ)
この遠い道程のため(この遠い松尾大社までの道程のため)
この遠い道程のため(この遠い名古屋までの道程のため)
「もうこうなったらチキンレースだ」と開き直った僕はお構いなくアクセルを踏み、鬼の形相で突進する。するとどうだろう、対向車がいきなり脇に避けて突っ込んでこなくなった。「突っ込んでくる奴らはみな踏みつぶしてやる、ノォーオオオッ!」開き直った僕はもはや怖いものはない。一気に狭い道を走り抜け、その勢いで松尾大社に到着してしまった。鼻息荒くディフェンダーから降りたところは、千三百有余年の歴史を誇る京都最古の神社だった。自然と鼻息も普通になり、心も穏やかになっていくから不思議だ。


この門の向こうが社殿だ。

社殿と背後の松尾山も境内。

全国のお酒が奉納されている

車祓いの申し込みはここ。

我々だけのために御祓いが

車の左右の扉を開けて車祓い
受付で車祓いの初穂料は8000円、1万円、1万2000円と高い!名古屋の成田山は2000円前後だったので一瞬耳を疑い聞き返してしまった。まあ、ここまで来たら払うしかないかということで、お財布をとりだして中を見ると千円札ばかり。よくわからず取り出して渡すと、丁度8千円だった。これも大山咋神のお導きか。神主さんの後について社殿の中央部まで行って、そこでお祓いを受ける。名古屋の(正しくは犬山の)成田山では、値段は安いが、一気に50台くらいを車祓いしてしまうのに対して、この松尾大社では我々だけ、たった一台の車祓いをしてくれるのである。巫女さんも我々のためだけに踊ってくれてなんかとても贅沢な時間が流れていく。更には、車の所まで移動して、今度は車と共にお祓いが始まるのである。8000円の価値は十分あるぞ!お神酒やお守りももらって、これで我がディフェンダー90は神様に守られているという安心感が得られたので、後は安全に名古屋に戻るだけである。

賑やかな京都市内。ここは八坂神社の交差点。

松尾大社でもらったお守り、お神酒など。
エンジンをスタートさせ、京都の中心街に向けて出発する。着座位置はパジェロに比べてさらに高く、周囲を見下ろす気分は最高。市バスと並ぶと、運転手さんの着座位置に迫る勢いである。中心街は観光客でごった返していたが、これも高みから「皆の者、苦しゅうないぞ!面おあげいッ!」的気分で運転できて、なんか最高の気分。もちろん、慣れない車なので疲れもたまってきている訳だけど、ディフェンダーを運転しているという満足感が、集中力を維持させ続けてくれる。蹴上を越えて山科に入り、京都東インターから高速にのった。
夜8時、無事名古屋到着。そして、この日記も終着駅に到着。しかし、ここは終わりでもあり、ディフェンダー90との生活の始まりでもあるのだ。
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