さきもりちゃんとの三年目が過ぎ去りましたなぁー!

Defender購入後日記

 さきもりちゃんが我が家に来て(って、まさにペットだなぁッ)三年目になるが、この3年間は時がたつのが極めてゆっくりだった。それも、小学生の頃のように1日がゆっーくりッ流れている感じなのだ。

 まず、6年前に姉が他界して、彼女が大量に買いだめした物品を目の当たりにして、途方に暮れた。それらの整理のために、一人暮らしになった親父の様子見のために、このオヤジが児童文学館建設のために若いころから集めていた数万冊の本の寄贈や処分のため、月に1~3回ほど山梨に帰り(往復650㎞、そのほとんどが下道だ)、慣れない処理作業、オヤジとの買い物、本の整理の手伝いに来てくれた親父のお弟子さんたちとの賑やかな夕飯タイム、…がそれまでの生活に新たに加わることになった。また、当時は日曜日ごとに息子のトクチンと日本の山城巡りもしていた(最終的には150近い山城を巡ったのではないだろうか)。そのため、パジェロの走行距離も、それまでの年間1万キロ弱から劇的に伸びだし、2万、3万キロと急増化し始めていた。そんな矢先にさきもりちゃん(我が家のDefender90のこと。Defender=守る人=侍=防人:さきもり)が登場したものだから、僕としては初めての高級輸入車(お金持ちの人にとっては車両価格560万円のさきもりちゃんは高級ではないのだろうが、平社員の僕にとっては超高級車なのであーる)で長年恋焦がれていたものだからワクワクが止まらなくなり、このブログをはじめてしまったり、さきもりちゃんの謎のエンスト現象とその長期修理に伴う代車生活に困惑したり、大宰府10日間や東北薬師谷一週間の長期ドライブ旅行に出かけたり、ディラーがある京都(名古屋に住んでいるのだけど、京都のディーラーでディフェンダーを買うことになったのだ)の繰り返しの往復に興奮したり、…とこれまた今まで経験したことがないような事象が新たに加わり始めたのだった。去年の元旦にはオヤジも他界して、今度は山梨の実家全体の総整理、つまり、実家じまいの業務が新たに加わってきたのだった。

 この一年間は、長期に渡ったさきもり号エンスト現象からの修理完了、実家じまいの完了とその売却、オヤジが若いころ翻訳した『小さな魚』の再販、さきもりちゃんのバンパーフジホワイト化、あろうことかそのホワイト化したところも含めた『さきもり号擦りつけ事件』発生、さきもり号初めての車検、…とまあこれまた盛りだくさんであり、どれもこれも初めてだったり慣れていない現象だったりするものだから、時がたつのがゆっくり感じるのも仕方ないことなのだろうなぁーと思うのである。

 さきもりちゃんの三年間の走行距離は64000㎞、代車生活に伴う代車走行距離20000㎞超、自転車走行距離は年間7000㎞(三年間で21000㎞)、三年間の乗り物合計距離は10万キロとなった。

 11月は中津川の笠置山養老山、岐阜市の金華山に登ったりした。また、中旬には冬タイヤに履き替えて、夏タイヤのホィールはきれいさっぱり洗って半年間の冬眠体制に入ってもらったのだった。下旬にはさきもり号のバンパーホワイト化に伴い二週間ほどジャガーE-Paceによる代車生活も楽しんだ。
 12月初めにはさきもりちゃんのバンパーホワイト化完了し、迎えに行った京都で、ナントッ!バックトゥザフューチャーのデロリアンに遭遇し、バックトゥザフューチャーファンの奥さんに極めて羨ましがられた。中旬には東京からてんぷらさん来て、ayuさんと三人で鶏料理の『鳥考』という名古屋の老舗店に行ったのだけど、そこの焼き鳥、親子丼の美味しかったこと。大晦日には養老・多度山縦走を娘と共にやったため、心地よい疲れから紅白見ながら爆睡し、年越しは夢の中であったなぁー。
 さきもりちゃんの前後バンパー、サイドステップのフジホワイトが雪とマッチしていますなぁー。エンスト現象からも完全復活しご満悦の防人とさきもりちゃんである。娘の成人式、実家の最終片付け、岐阜市の周辺の山々のトレッキングで大忙しの1月だった。
 2月は実家の片付けのため、人生で初めての2トントラックを借りて、廃棄物処分場と実家の往復を繰り返す。トラックの運転がこんなにも楽しいものだとは思わなかった。次の車は2トントラック(2トントラックは前後長の短さが故にとてもかわいくて、Defender90と共通するものを感じた)にしようか真剣に考え始めている今日この頃である。
 3月前半は実家の5年間にも及ぶ片付けの総仕上げのため、5日間ほど甲府に滞在して、日々奮闘した。そのため、3月中旬から下旬にかけてヘルペスやらなんやらで体調崩しまくりだった。自分ではまだ20代のつもりでいるのだが、寄る年波には勝てないということ?
 4月には実家の片付けが完璧に終わり、更に、運の良いことに売買契約も無事終了し、実家は他人の手に渡った。この実家、高校一年の後半から住みだしたけど、大学は名古屋に出てきたので、僕としては二年ほどしか住んでいない。そんな訳か、あまり愛着はなかったのだ。
 5月は山梨の実家がひと段落したので、八ヶ岳の別荘の整理に取り掛かる👍。写真の旧型Defender90はランドローバー社がレストアして、正規に売り出す個体のようだが、価格は4千万円ッ😱!最近のランドローバー社の超高級志向に防人は経済的には付いていけない。完全に脱落だぁー😤。今後はさきもり号を乗りつくして、どうにもならなくなったら2トントラックかジムニーシエラに確定だな😙!
 6月には別荘の整理が完了したが、別荘といえども本などの荷物が多く、4回にわたるトラックによる運び出しが必要だった。さきもりちゃんに『クーラントのチェック表示』が現れたが、これはクーラント漏れではなく、経年的なものであったらしい。一安心だ。また、この月には『小さな魚』再販記念パーティーが白州の『橋場文庫』で盛大に行われ、とても実り豊かな人々との出会いがあって幸せなひと時だった。
 7月には大ショックな事件が😭😭😭!朝、ボッーとさきもり号のハンドルを切ったところ、ゴリゴリゴリッと鈍い音が響き渡り、左サイドをコンクリートブロックに擦りつけてしまう。地獄に突き落とされ、もはや立ち上がれないと思っていたのだが、人とは復活力があるようで、一カ月も経つと全く気にならなくなってしまう。まあ、擦ったのが左側なので、日ごろ運転するときは右から乗り込むわけだから、傷を目の当たりにすることはないことも大きな理由かもしれない。ディーラーだと修理費は100万円レベルらしいが、保険で3万円だけで治せるようなので、この記事を書いている現在、さきもりちゃんはランドローバー京都(正確には長岡京市にあるカーファクトリーUKという板金塗装専門店)に入院治療中。
 8月は整理された八ヶ岳の別荘に10日間ほど滞在して、長野の渓流をYa氏とその師匠、そして、中さんと釣り歩いた。シーズン最長のイワナ28㎝が釣れたりもして、ワクワクの日々だった。また、8月下旬に日帰りで行った岐阜能郷谷の洗い越しは、清冽で暑い夏には最高の場所であったことよ。
 9月にはさきもり号初車検をランドローバー京都にて受けることに。代車はレンジローバーヴィラールであった。この車検前後含めて、さきもりちゃんの油脂類(エンジンオイル前後デフ、センターデフ、ブレーキオイルすべて刷新された。車検代と合計すると36万円くらいになるか)。さきもりちゃんはなかなかの金食い虫である。
 次なる4年目はどのようなことになるのだろうか。さきもりちゃんと防人のコンビは末永く続くのか?まあ、これは運次第であるのだろうけど、できることなら、月までの距離38万キロまで到達できたならどんなに幸せなことだろうか?ただ、そのためにさきもりちゃんにつぎ込む費用のことを考えると恐ろしくもなるか🤑😰。ジェダイの教えに従って、先のことは考えず、瞬間の時の流れを感じながらディフェンダーライフを満喫していくか😍。

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