物理や数学への情熱に燃えて大学に入学し、一カ月くらい経ったころ、大森英樹氏の著書『力学的な微分幾何』という本の自主ゼミに参加した。そのゼミの大学院生の先輩が、ある時、元気な僕に向かって、
「おまエーッ!ランダウの『力学』は読んだか」
と聞いてきた。
「ランダウって、あの、ロシアの物理学者の?読んでませんね。力学ッて、高校でやったやつでしょ!一応、僕は高校時代、運動方程式から微分積分を使って勉強していたから今さらやるまでもないっすよね!」
とさもわかっているかのような返答をすると、その先輩はフッと笑って、
「だめだなぁー、防人、ランダウの教程を読んでいないなんて。まずは力学から読んでみろッ」
と言った。当時の僕は量子力学、場の量子論、相対性理論、大統一理論、…といった科学雑誌やブルーバックスで取り上げられるような人気な物理を一刻も早く理解したくてウズウズしていたので、大学に入った後において、今さらニュートンあたりで始まった1600~1700年代の古い物理の内容の本を読むことに全く興味がなかったのである。その後、大学生協の書籍部に行って、本を物色していた時、先輩の言っていたランダウ・リフシッツ著『力学』東京図書が目の前に現れた時でさえ、それほど積極的に購入しようと思ったわけではない。
「大学に入って、一冊も力学の本を持ってないのも気が引けるし、力学の授業も履修しているわけだから、その副読本として、高校時代にやった力学の復習も兼ねて、ちょっくらちょいと片手間に読んでみるか」
といった程度で購入したのだった。入学祝でもらった図書券が沢山余っていたというのが購入に踏み切れた大きな理由かもしれず、仕送りのお金だけだったならまず買わなかっただろう。力学なんざぁー、2~3日で読破できるだろうと思って、図書館に行って最初のページを開いたのである。当然、ニュートンの運動方程式の説明から始まって、力の説明、斜面の問題、滑車の問題、…と続いていくのだろうとたかをくくっていたのであるが…!この本の書き出しは以下のように、低レベルの僕の頭脳をいとも簡単に破壊するくらいに高レベルで格調が高くはじまるのだった。
『力学系の運動法則のもっとも一般的な定式化は(当然、運動方程式の説明が来ると思って読んでいた)、最少作用の原理〈またはハミルトンの原理〉で与えられる(?)。この原理にしたがえば、各々の力学系は関数
\[L(q,\dot{q},t)\]
によって特徴づけられ(??)、その際、系は積分、
\[S=\int_{t_1}^{t_2}L(q,\dot{q},t)dt\]
が最小の値をとるように運動する(???)。関数\(L\)を、与えられた系のラグランジアンといい、積分を作用という(????…?)』
「力学なんて言うものは防人様の頭脳に何ら刺激を与えない前近代的なものよ」
と見下した態度(若さゆえの浅はかさ)で読みだしたのだからさあー大変。この本の1ページも読み進めることが出来ずに瞬殺されてしまい、意気消沈。更に、大学一年生用の講義内容とも全く異なっていて、副読本として使えるレベルではない。そもそも『力学』の本なのに『力』が全く登場しないし、運動方程式を立てることもしない。得体の知れない世界を垣間見てしまって、そのまま無関心を装えばよかったのかもしれないが、その後も怖いもの見たさで、ランダウの『力学』の世界をちょくちょく覗きに行くことなったのである。
イギリス経験論哲学の影響を色濃く受けて生み出されたニュートンの力学は、天体の運動に新たな視点を与え、その大成功にイギリスは酔いしれた。その後、力学はドーバー海峡を越えて大陸に渡り、ヤコブ・ヘルマン、ダニエル・ベルヌーイ、レオンハルト・オイラー、…などの数学者により洗練され、合理主義哲学の影響も受けて、現在の教科書に登場するような運動方程式から出発するという形になっていった。つまり、運動方程式に力をインプットすると、そこから、加速度が求まり、それを2回積分すれば物体の位置が決定されるという、微分方程式的な見方が確立していったのである。しかし、「この力学では力が無定義ではないのか」という批判にさらされることになる。ニュートンの第二法則(つまり、運動方程式)を力の定義式と言い逃れたとしても、「それでは慣性質量\(m\)の定義は?」と突っ込まれることになる。そこで、皮肉なことではあるが、数学者たちは力学からこの”力”の追い出しにかかる必要性に迫られるのである。自然界の運動は先ほどの作用\(S\)を最小にする運動が実現されるという思想は、ピエール=ルイ・モロー・ド・モーペルテュイの謳い文句「自然界の創造主である神は楽をなされようとする」により強固な支持を受け、発展、1800年前後にジョセフ・ルイ・ラグランジュによって、ラグランジュ力学の完成を見る。これにより、力学の問題は「力を入れて運動方程式を完成させ、それを解く」という視点から「ラグランジアンの時間積分である作用の最小問題(変分問題)を解く」という全く異なる美しい力学へと進化していったのである。そして、この進化した力学は、再びドーバー海峡を渡り、イギリスの数学者ウィリアム・ローワン・ハミルトンにより新たな視点が与えられ、ハミルトン力学系の完成を見るのである。現在では、これらのラグランジュ力学とハミルトン力学を合わせて、解析力学と呼ばれていて、ニュートンの力学とは区別されている。防人が読み始めた、ランダウの『力学』は解析力学(大学三年生ぐらいでやる)の教科書だったのである。
大学時代には色々な数学や物理を聞きかじったが、どれも勉強を継続的に行わない防人の脳裏からは消え去ってしまった。しかし、この解析力学、特に、ラグランジュ力学のラグランジアンが、妙に気になる存在として、僕の頭に残り続け居座っているのである。ブログを”カフェ ラグランジュ”という名前にしたのも、このラグランジアンの不思議な世界に取り込まれているからなのだ。さて、雑談はこのくらいにして(雑談長すぎ!)、今回のテーマに入って行こう。
雨読編1で(1)等加速度型、(2)空気抵抗型、(3)調和振動型の各微分方程式を考えた。この時、素直に解けたのは(1)と(2)であり、(3)はうまくいかなかった。そこで、雨読編3で運動の第一積分(エネルギー積分)の方法を考えてみたわけである。この方法で(3)は無事積分でき、更に(1)も積分できるのだが、今度は(2)の積分が上手くいかなくなってしまうのである。まず、この辺りを確認してみよう。
(1)等加速度型の時 運動方程式
\[m\frac{dv(t)}{dt}=-mg\]
の両辺に\(v(t)\)を乗じよう。
\[0=mv(t)\frac{dv(t)}{dt}+mgv(t)==\frac{d}{dt}\left(\frac{1}{2}mv(t)^2+mgx(t)\right)\]
\[\frac{1}{2}mv(t)^2+mgx(t)=E(時間によらず一定) \]
さて、以下では\(v(t)\)を\(v\)、\(x(t)\)を\(x\)と略記する。このもとで、上の式を\(v\)について解くと、
\[v=\pm\sqrt{\frac{2E}{m}-2gx}=\pm\sqrt{\frac{2E}{m}\left(1-\frac{mg}{E}x \right) }\]
となり、\(v\)を\(x\)で表現することが出来た。今回も簡単のためプラス符号の場合を考えることにして、この\(v\)を\[t=\int \frac{1}{v} dx\] に代入してみよう。但し、積分が\(t=0\)から\(t\)までの時、位置においては\(x_0\)から\(x\)までの積分としておこう。
\[t=\int_0^t dt=\int_{x_0}^x \frac{1}{v} dx=\sqrt{\frac{m}{2E}}\int_{x_0}^x \frac{1}{\sqrt{\left(1-\frac{mg}{E}x\right) }} dx\]
積分をきれいにするために、\(X=\frac{mg}{E}x\)と置換をする。\(x_0\)から\(x\)の範囲の積分を\(X_0\)から\(X\)までの積分と読み直して、更に、\(dX=\frac{mg}{E}dx\)となるので、上式の積分は以下のようにきれいになる。
\[t=\sqrt{\frac{E}{2mg^2}}\int_{X_0}^X \frac{1}{\sqrt{1-X }} dX\]
ここから先の積分は高校レベルなので、ここでは省略する。
(2)空気抵抗型の時 運動方程式
\[m\frac{dv(t)}{dt}=-kv(t)\]
の両辺に\(v(t)\)を乗じると、
\[0=mv(t)\frac{dv(t)}{dt}+kv(t)^2=\frac{d}{dt}\left(\frac{1}{2}mv(t)^2\right)+kv(t)^2\]
となり、第二項目の「\(kv(t)^2\)」の原始関数が発見できないので、ここから先に進めなくなってしまうのである。等加速度型や調和振動型では力が位置\(x\)の関数(等加速度型では定数関数)であったのに対して、空気抵抗型は速度\(v\)の関数であるところが運動の第一積分を困難にしているのである。
以上をまとめると、初等的方法では(1)、(2)はたやすく積分できたが、(3)の調和振動子型が積分できなかった。これに対して、運動の第一積分による方法では(1)、(3)はたやすく積分できたが、(2)の空気抵抗型が積分できないことが判明した。さて、(1)、(2)、(3)を統一的に解く方法はないのだろうか。実はそのような方法は存在していて、空間の次元を一つ上げて、二次元空間(配位空間)を考えることで達成できるのである。
ここで、空間の次元を上げると数式の見え方が激変することを、以下の中学生的な方程式①を考えることで説明しよう。
\[2x+3x=5 …①\]
馬鹿にしているのかと怒られそうだが、兎に角、答えは\(x=1\)である。この方程式を
\[y=3x\]
と新たな変数\(y\)を導入してみる。つまり、一次元を二次元にして連立方程式
\[\begin{equation}\begin{cases}2x+y=5 \\ y=3x \end{cases}\end{equation}\]
を考えることにしてみる訳だ。①式ではただ\(x\)の値を求めるために代数方程式を解く問題でしかなかったものが、このようにして見ると、\(xy\)平面上の二つのグラフ\(2x+y=5\)、\(y=3x\)の交点\(\displaystyle \left(x、y\right)=\left(1、3\right)\)を求める問題と解釈でき、図形的イメージが豊かに浮かび上がってくるのである。一次元では見えていなかった世界が、二次元にしたことで見えるようになったわけだ。このように数学では、問題を高次元の世界に埋め込んで考え直すことでうまくいくことが多々あるのだ。
ここで、今日の主役の非斉次二階微分方程式程式にご登場願おう。
\[\frac{d^2x(t)}{dt^2}+a\frac{dx(t)}{dt}+bx(t)=f(t)\]
右辺の\(f(t)\)が無い場合の方程式、
\[\frac{d^2x(t)}{dt^2}+a\frac{dx(t)}{dt}+bx(t)=0\]
を斉次二階微分方程式という。このもとで、(1)、(2)、(3)それぞれのタイプを説明すると以下のような感じか。
(1)等加速度型の運動方程式 \(\displaystyle a=b=0\)、\(\displaystyle f(t)=-g\) より非斉次型!
(2)空気抵抗型の運動方程式 \(\displaystyle a=\frac{k}{m}\)、\(b=0\)、\(f(t)=0\) より斉次型‼
(3)調和振動型の運動方程式 \(a=0\)、\(\displaystyle b=\frac{k}{m}\)、\(f(t)=0\) より斉次型!!!
さて、この非斉次型方程式の一般解\(x\)は特解(particular solution)\(x_p\)と核(kernel)\(x_k\)を用いて一意的に、\[x=x_p +x_k\] と表すことが出来る。
まず、特解とは、非斉次方程式
\[\frac{d^2x_p}{dt^2}+a\frac{dx_p}{dt}+bx_p=f(t)\]
を満たすものであり、一般解ではなく、満たしさえすればなんでも良い。特解を求める一般論もあるが、かなり面倒なので、勘を養って数回のトライ&エラーで見つけるようにした方が楽ちんである。
次に核であるが、これは斉次方程式
\[\frac{d^2x_k}{dt^2}+a\frac{dx_k}{dt}+bx_k=0\]
を満たすもので、これを決定する一般論は以下で述べるようにしっかりしたものがある。ここでは一般解\(x\)の一意性を証明しておこう。以下簡単のため、
\[D=\frac{d^2}{dt^2}+a\frac{d}{dt}+b\]
と置く。微分が線形作用素だから、\(D\)も線形作用素である。一般解\(x=x_p+x_k\)であるとすると、定義より、非斉次方程式:\(Dx_p=f(t)\)…① 斉次方程式:\(Dx_k=0\) であるから、明らかに、\(Dx=D(x_p+x_k)=Dx_p+Dx_k=f(t)+0=f(t)\)より\(x=x_p+x_k\)は非斉次方程式の解である。ここで、もし\(x\)以外に、\(x’\)も解であったとしよう。すると、この\(x’\)は\(Dx’=f(t)\)…②を満たす。②-①を実行すると\(D(x’-x_p)=0\)となり、\(x’-x_p\)は核であることがわかる。つまり、\(x’-x_p=x_k\)となる(核の一意性は以下で見ればわかるように保証されている)。つまり、\(x’=x_p+x_k=x\)である。
さて、一次元の斉次微分方程式を二次元化することを考える。
\[\boldsymbol{y_k}=\left(\begin{array}{c} x_k \\ \dot{x}_k \end{array}\right) \]
なる二次元ベクトル\(\boldsymbol{y_k}\)を導入すると、斉次二階微分方程式は以下のように一階の微分方程式にすることが出来るのだ。
\[\frac{d}{dt}\boldsymbol{y_k}=\left(\begin{array}{c} \dot{x_k} \\ \ddot{x}_k \end{array}\right)= \left(\begin{array}{c} \dot{x_k} \\ -a\dot{x}_k-bx_k \end{array}\right) =\begin{pmatrix}0 & 1 \\ -b & -a \end{pmatrix}\left(\begin{array}{c} x_k \\ \dot{x}_k \end{array}\right)=\boldsymbol{A}\boldsymbol{y_k} \]
以上より、一階の微分方程式:\(\displaystyle \frac{d}{dt}\boldsymbol{y_k}=\boldsymbol{A}\boldsymbol{y_k}\) …(*) 但し、\(\displaystyle \boldsymbol{A}=\begin{pmatrix}0 & 1 \\ -b & -a \end{pmatrix}\)を得る。
この二次元の微分方程式は、一次元の微分方程式:\(\displaystyle \frac{dy}{dt}=Ay\) の類似以外の何物でもない。この一次元の微分方程式は空気抵抗型と同じなので、同様に積分すると、
\[y=e^{At}c\]
となる。但し、\(c\)は積分定数である。であるなら、上記の二次元化された一階微分方程式(*)も、
\(\displaystyle \boldsymbol{y_k}=e^{\boldsymbol{A}t}\boldsymbol{c} \) …(sol)
とかけて欲しい。ここで、\(\boldsymbol{c}=\left(\begin{array}{c} c_1 \\ c_2 \end{array}\right) \) なる積分定数ベクトルである。更に、ネイピア数\(e\)の行列乗とは、
\[e^{\boldsymbol{A}t}=\boldsymbol{1}+\frac{1}{1!}\boldsymbol{A}t+\frac{1}{2!}\boldsymbol{A}^2 t^2+\cdots \frac{1}{n!}\boldsymbol{A}^n t^n \cdots \]
と定義するのである。ここで、\(\boldsymbol{1}\)は単位行列\(\displaystyle \boldsymbol{1}=\begin{pmatrix}1 & 0 \\ 0 & 1 \end{pmatrix}\)のことである。このもとで、上記(sol)は(*)の解となる。何故なら、
\(\displaystyle \frac{d}{dt}e^{\boldsymbol{A}t}\boldsymbol{c}=\frac{d}{dt}\left(\boldsymbol{1}+\frac{1}{1!}\boldsymbol{A}t+\frac{1}{2!}\boldsymbol{A}^2 t^2+\cdots \frac{1}{n!}\boldsymbol{A}^n t^n \cdots\right) \boldsymbol{c}\)
\(\displaystyle =\left(\boldsymbol{A}+\frac{1}{1!}\boldsymbol{A}^2 t+\cdots \frac{1}{(n-1)!}\boldsymbol{A}^n t^{n-1}+ \frac{1}{n!}\boldsymbol{A}^{n+1} t^n \cdots\right) \boldsymbol{c}\)
\(\displaystyle =\boldsymbol{A}\left(\boldsymbol{1}+\frac{1}{1!}\boldsymbol{A} t+\frac{1}{2!}\boldsymbol{A}^2 t^2+\cdots + \frac{1}{n!}\boldsymbol{A}^n t^n \cdots\right) \boldsymbol{c}\)
\(=\displaystyle \boldsymbol{A} e^{\boldsymbol{A}t}\boldsymbol{c}\)
となるからである。
このように見てくると、斉次方程式
\[\ddot{x}+a\dot{x}+cx=0 \]
のDNAは、行列\(\displaystyle \boldsymbol{A}=\begin{pmatrix}0 & 1 \\ -b & -a \end{pmatrix}\)に刻み込まれていると考えて良いのだろう。つまり、2階の斉次定数係数型微分方程式の研究は、行列\(\boldsymbol{A}\)の研究と言っても良いかもしれない。
今回はここまでにしておいて、次回はこの(*)から(sol)の関係を(1)、(2)、(3)の具体的な微分方程式に応用してみよう。
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