Cafe Lagrange (雨読編4:マーダヴァ・グレゴリー・ライプニッツの級数)

Cafe Lagrange 雨読編

職場ヘは20㎞くらいの距離があるのですが、日ごろは自転車で通勤しています。ただ、その日はたまたま車(パジェロZR)で通勤しました。車を職場の駐車場に入れてエンジンを切ろうとしたちょうどそのとき、

「今日のゲストは記憶の達人の方です」

「原口證(はらぐちあきら)と申します。円周率をやっています」

ラジオでのやり取りの中で最後の「円周率をやっています」というところに引っかかってしまいました。「円周率はやるものなのか?円周率は仕事?」頭の中が「?」でいっぱいになり、車から降りることが出来なくなりました。そんなわけで、車に留まりラジオを聴き続けました。

《補足》円周率\(\pi\)とは、円の周長を円の直径で割ったものである。どのようなサイズの円であっても、周長を直径で割ったものは3倍とちょっととなり、毎回同じ値である。その値を\(\pi\)と書くことにしたのだ。円は幾何学的なものたちの中で、最も美しい図形であり、この図形に円周率という不変量が存在するのも頷けてしまう。

原口證さんは高校卒業後、大手電機メーカの工場で品質管理などの業務に携わっていたそうですが、日頃からこの仕事に疑問を抱き続けていたそうです。「自分の人生はこれでいいのか?」という思いが常にあり、自分探しのあてのない旅をし続けていました。40歳を機に放送大学で勉強を始めたとき、ふと開いた高校数学の教科書の最後のページに円周率\(\pi\)が載っていて、

\[\pi=3.14159265358979323846264383\cdots\]

この永遠に続く数字の並びに般若心経に通じるものを感じ取り(彼の実家は東北の貧しいお寺さんだったこともある)、この円周率と共に生きていこう(?普通は思いませんよね)と思ったようです。そして、彼は円周率を般若心経を読むかのように暗記をはじめ、58歳の時、6万8000桁を暗記。この時、会社を辞めて円周率で(円周率の暗記で)生きていこうと決心。59歳に8万3000桁、60歳になって10万桁と、円周率暗唱世界一を3度も更新します。現在は、記憶法や勉強法の講演会や本の出版などで生活しているとのことでした。原口さんはよく、「円周率の記憶が、なんの役に立つのか」と聞かれるそうですが、「役に立たないですね」と答えてから必ずこう付け加えます。「自分が”直径”なら、世の中は、丸い”円”…人生は、円周率そのものだと、思いませんか?だって、割り切れるものではないから、人生って…」

ウーム、円周率は人を惹きつける力があるんですね。原口さんのように円周率の暗記に挑む人々だけでなく、多くの数学者も円周率の不思議さに心酔し、その別な側面を引き出そうと奮闘しました。数学者のライプニッツもその一人でした。彼によると、\(1\)から\(\frac{1}{3}\)を引き、それに\(\frac{1}{5}\)を足し、\(\frac{1}{7}\)を引き、\(\frac{1}{9}\)を足し、\(\frac{1}{11}\)を引き、…と永遠にやっていき、最後に\(4\)を掛けると、…その答えは

\[\left(1-\frac{1}{3}+\frac{1}{5}-\frac{1}{7}+\frac{1}{9}-\frac{1}{11}+\cdots\right)\times4=\pi\]

となるのです。不思議です。この式はライプニッツより少し前に、グレゴリーが、更に前に南インドのマーダヴァが発見しました。しかし、この式の不思議はこれだけではありません。この級数は以下のように積(無限積)の形に表すことが出来るのです。

\[\left(1-\frac{1}{3}+\frac{1}{5}-\frac{1}{7}+\cdots\right)\times4=\frac{4}{\left(1+\frac{1}{3}\right)\left(1-\frac{1}{5}\right)\left(1+\frac{1}{7}\right)\left(1+\frac{1}{11}\right)\left(1-\frac{1}{13}\right)\cdots}\]

積のところをよく見ると、\(2\)以外の素数が現れていることに気が付きませんか。しかも、プラス符号だったり、マイナス符号だったりと符号の規則性はあるのかないのか今ここでは伏せておきますが、とにかく、円周率はなんだか素数とも関係していそうです。さて、今回は、グレゴリー・ライプニッツの公式が積分\(\int\frac{1}{\sqrt{1-x^2}}dx\)から導かれることを見ていきましょう。素数の積に分解できることについては、また、後々の回で述べていこうと思います。

今回のテーマに入る。まず、

\[\theta=\int_0^x\frac{1}{\sqrt{1-x^2}}dx=2\int_0^t\frac{1}{1+t^2}dt\tag{1}\]

を示す。(1)式の左側の等号は前回示した。もう一度確認すると、置換\(x=\sin\theta\)をしてやり、\(0\)から\(x\)までの積分は\(0\)から\(\theta\)までの積分となり、\(dx=\cos\theta d\theta\)、\(\sqrt{1-x^2 }=\sqrt{1-\sin^2\theta}=\cos\theta\)(ここで \(0\leq x\leq1\) で考えることにするので、\(\theta\)の範囲は \(0\leq \theta\leq\frac{\pi}{2}\)となる)

\[\int_0^x\frac{1}{\sqrt{1-x^2}}dx=\int_0^\theta d\theta=\theta-0=\theta \]

さて、問題は(1)式の右側の等号である。これは、置換\(x=\frac{2t}{1+t^2}\)で解決なのだ。何故、このような置換に気が付くのかということについては、後ほどの回で詳しく述べることにして、ここでは受け入れてもらって積分の書き換えを続行しよう。積分範囲は\(0\)から\(x\)までの積分を\(0\)から\(t\)までの積分とする。

\[\frac{dx}{dt}=2\frac{1\cdot\left(1+t^2\right)-t\cdot2t}{\left(1+t^2\right)^2}=2\frac{1-t^2}{\left(1+t^2\right)^2}\hspace{15pt}dx=2\frac{1-t^2}{\left(1+t^2\right)^2}dt\]

\[\sqrt{1-x^2}=\sqrt{1-\left(\frac{2t}{1+t^2}\right)^2}=\frac{1-t^2}{1+t^2}\]

以上より、(1)式の左辺が

\[\int_0^x\frac{1}{\sqrt{1-x^2}}dx=\int_0^t\frac{1+t^2}{1-t^2}\cdot2\frac{1-t^2}{\left(1+t^2\right)^2}dt=2\int_0^t\frac{1}{1+t^2}dt\]

示せた。さて、お次は等比級数の公式を利用して、(1)の右辺を更に書き換えてみよう。まず、因数分解の公式

\[1-r^n=\left(1-r\right)\left(1+r+r^2+r^3+\cdots+r^{n-1}\right)\]

より、等比数列の和の公式

\[1+r+r^2+r^3+\cdots+r^{n-1}=\frac{1-r^n}{1-r}\]

を得る。そこで、無限等比級数の和の公式は、\(\left|r\right|<1\)の時、

\[1+r+r^2+r^3+\cdots=\displaystyle \lim_{n \to \infty}\left(1+r+r^2+r^3+\cdots+r^{n-1}\right)=\frac{1}{1-r}\]

であるから、(1)式の\(-t^2\)を\(r\)であると思って、上記の式を適用すると、

\[\frac{1}{1+t^2}=\frac{1}{1-\left(-t^2\right)}=1+\left(-t^2\right)+\left(-t^2\right)^2+\left(-t^2\right)^3+\cdots\]

となるので、(1)式の右辺にたたき込んで、項別に積分してやると、

\[2\int_0^t\frac{1}{1+t^2}dt=2\int_0^t\left(1+\left(-t^2\right)+\left(-t^2\right)^2+\left(-t^2\right)^3+\cdots\right)dt\]

\[=2\left(1-\frac{1}{3}t^3+\frac{1}{5}t^5-\frac{1}{7}t^7+\cdots\right)\]

となり、いい感じになってきた。後は、(1)式で積分の範囲の上限\(x\)を\(1\)としてやればよい。この時、\(1=x=\sin\theta\)より\(\theta=\frac{\pi}{2}\)、一方、\(1=x=\frac{2t}{1+t^2}\)より\(0=1-2t+t^2=\left(1-t\right)^2\)となるので、\(t=1\)を得る。以上より(1)式は、

\[\frac{\pi}{2}=\int_0^1\frac{1}{\sqrt{1-x^2}}dx=2\int_0^1\frac{1}{1+t^2}dt=2\left(1-\frac{1}{3}+\frac{1}{5}-\frac{1}{7}+\cdots\right)\]

となり、今回の目標を達成した。めでたしめでたし。

ここで、水を差すようですが、上記の証明は本当に良いのでしょうか。怪しい場所はないですか?実は、等比級数の公式

\[1+r+r^2+r^3+\cdots=\frac{1}{1-r}\]

は\(\left|r\right|<1\)の時に使えるのであって、\(r=1\)はまずいですよね。その公式を使って(1)式の右辺を展開して項別に積分したのでした。それなのに、最後の時、\(t=1\)(つまり、\(r=1\))を代入して、グレゴリー・ライプニッツの公式を証明できたとふんぞり返っていて良いのでしょうか?気になりますよね。そこで、次回はこの証明の綻びを是正していきたいと思います。それでは、またね。

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