12月は仕事忙しくなり、日曜日がなくなったりで、社畜化反対同盟会頭の防人としては難しいかじ取りを余儀なくされる月である。有休取れる状況が少しでもあれば、山に行ったり、ハンバーグ作ったりしておかなくては!と思い、12月の初めのスケジュールを見ていると、火、水と連続で休みを取れる日にちを見出したのでさっそく休暇を取ったのだ。そして、火曜日は丸一日登山尽くしの日として、
「6~9時間レベルの歩きをしてくるので、この日は夕飯は作らんぜヨッ」
と宣言。
「ただ、翌日はハンバーグを作り、家族のために立ち働きます(ハンバーグは防人のため?😙)」
と補足することも忘れない入念な防人なのであった。
12月9日は激しく歩こうと思っていたので、自転車を積載して現地まで行って、車を止めたところからサイクリングして別の登山口まで行き、そこから長距離のトレイルを歩く妄想で頭をいっぱいにしてウキウキしながら眠りについたのだがッ・・・。
朝、奥さんとトクチンの会話する声で目が覚めた(我が家は吹き抜きがあり、一階から防人が寝る屋根裏部屋的三階まで繫がっているのだ。そのため、一階の普通の会話が増幅されて防人小屋まで伝搬してくるわけ)。
「アレレッ!何故トクチンの声が?アレッ、なぜこんなに明るいんだッ?ここはどこだ?今何時だッ?」
と”?”マークいっぱいで目が覚めることになったのだ。本来なら、4時ごろ家を出て、目覚めた時刻頃には現地到着しサイクリング&登山を開始しているはずだった。がーんッ😱!
慌てて出発しても、もはや通勤ラッシュに巻き込まれるだけなので、ゆっくり準備して8時半頃我が家を出発。行き先も滋賀県北部ではなく、南部の瀬田川東にある花崗岩の露出する『堂山・笠間ヶ岳縦走』に変更し、残念ながら自転車は置いて行くことにした😰。
出発時刻を遅らせたことが奏功して、通勤ラッシュは消失しており、中途半端に朝5時台に出発した時より全然順調ではあった。木曽川を南下し、多度から員弁、そして鈴鹿山系を右手に見ながらさきもりちゃんとのドライブをのんびり楽しんでいた時、ふと気が付いてしまった。
「このままノンビリ運転していると、登山の時間が無くなってしまう」
ということに。不本意ながら、急遽、菰野町から新名神にのり、高速ワープ航法に突入する。
「トイレを済ませておかなくては、トレイルを歩いている最中にもよーしてしまったら”キジ打ち”をせねばならなくなり、大変なことになるワイッ」
と思い鈴鹿PAに立ち寄って、トイレの個室に入ったのだが…。壁一面にF1の写真が貼り廻らせてあって、背後(入った時の正面)は鈴鹿サーキットのスタート位置からレーンを目の当たりにした写真(絵?)がデカデカと貼られている。そして、何と言っても、このトイレの真骨頂は便座に腰掛けた時から大音量で奏でられるF1のエンジンサウンド!”ブロブロブロブルブルブーン、ブーン、ヴォーン・・・”と行為に及んでいる間中すさまじい音量で周囲に響き渡るのである。集中できないし、ギヤチェンジはしそうになるし(いったい何をチェンジするのだッ?)、脳の血管は切れそうになるし、何よりも、トイレ全体に響き渡るエンジン音は防人がこの個室トイレで事に及んでいることを徹底的に周知(羞恥かッ!)させしむることにおいて最大限の効果を発揮してくれる訳である。その昔、昭和の時代は、小学校~高校において、学校で大便などしようものなら罪人扱いされたものだ。小学校のトイレで事に及んでいることがバレようものなら、教室に戻った時は周囲のみんなから「バリヤァー(シールドを張るってこと)」とか言われて、人差し指と中指をみんなクロスしていて、しばらくの間はバイ菌源としての汚名を施され、学園生活を送ることになるのである(説明しよう。この人差し指と中指をクロスしていると、その人はシールドを張っていることになり、ばい菌扱いされている人間からタッチされても大丈夫というルールなのである。一度ばい菌源となった生徒は、このサインをし忘れている人を探し巡り校内をさ迷い歩くことになり、このタッチがうまくなされない限り、そして、承認されない限り、ばい菌人間としてのレッテルを張られ続けるのだ)。また、防人が通った高校では、大便をしている者を嗅ぎつけたヤツが(何を嗅いでいるのだッ😡!)、教室にやって来て「今大便している奴が居るらぁッ!みんな行かざぁー」とか言って、トイレに集結。そのうち、その階全部の教室から生徒が出てきて、トイレから廊下から人でごった返す始末だ。ことに及んでいた者(防人ではないよ。このような状況だから、防人は学校で一度も大便行為をしたことはない)が個室から現れようものなら、「ヒューッ、ヒューッ、ヒューッ・・・」と奇声や歓声の大合唱となり、その人物は胴上げ状態で彼の所属する教室まで運搬される憂き目にあった。ホントッ、昭和の学校生活は大変だったなぁー。まあ、兎に角、今回はそんな昭和の学校時代のことが思い出されるようなトイレ状態で、落ち着いてことに集中できなかった。今日は朝の寝坊といい、予定変更と言い、朝のお通じといい、すべての調子が狂いまくりだぁー。呪われた一日になりそうな予感。

黒い線が建設中の新名神高速!新免の新宮神社からの登山道、笠間ヶ岳から上関への登山道は新名神建設作業のため閉鎖中(赤星の所)。田上枝公園の駐車場(青丸 12:08)→新宮神社(12:47)→五味谷出合い(13:40)→昼飯(緑丸 13:50~14:40)→堂山山頂(15:12)→鎧堰堤(15:41)→迎不動堰堤(14:00)→駐車場(16:50) この地図は、日ごろお世話になっている『分県登山ガイド 滋賀県の山(山と渓谷社)』の地図を防人が勝手に書き加えさせてもらったものだ。

ここが鈴鹿パーキングエリアだ。背後の山は鈴鹿山系の入道ケ岳、鎌ケ岳だな。

トイレの個室に入ると、そこは鈴鹿サーキットのスタートラインだった。何をスタートするのだッ?一瞬、本来の目的を忘れてしまうような個室トイレだ。

便座に腰掛けると、けたたましいエンジン音がなり、視線をやや上に向けると"Are you ready”とある。そんなにせかされてもねぇー!調子狂いまくりだぁー。

二つの登山口の中点にある田上枝公園の駐車場に到着。どうにかこうにか12時に到着できた。

新免という場所にある新宮神社に向けて街中をテクテク歩く。なかなか風流な建物が多く、お寺や、城跡があり歴史を感じる。

40分ほど歩いて新宮神社に到着したのだがッ・・・。ナント、「登山道は新名神建設作業のため閉鎖中」との看板が登山道の入り口に掲げられていた。周囲は侵入できないようにフェンスが張り巡らされ、戸口には鍵がかかっている。そんなわけで地図とスマホにくぎ付けになりながら、予定の立て直し作業を余儀なくさせられる羽目に。ホント、今日は計画通りにいかないなぁー。

仕方なく再び40分かけて戻り、今度は天神川に沿って上流部へ。そこで、新名神の巨大な建設現場の下を通過。入り口にいた作業員の人に聞いてみると、この区間だけでも後3年はかかるとのこと。全体ではもっとかかるらしい。ということは、登山道も3年は最低限閉鎖されづつけるということか。閉鎖解除されても、その間に荒れてしまっているので、それを整備して通れるようになるのには何年かかるのか見当もつきませんな。

新名神建設現場のところの天神川の様子。林道が天神川を渡るところは、橋?、いやッ、洗い越しではないか。

左岸林道をしばらく行き、大きな堰堤上の所にある『火の用心』の看板の脇に河原に降りる踏み跡がある。

ここでみんなバーベキューをするようで、至るとこに『直火でのバーベキュー禁止』の看板が。やや上流に向けて少し歩くと・・・、

天神川を渡渉し、左側(下流の五味谷出合い方向)に行く。そのまま右方向、つまり木が倒れている上流方向に行くと、再び天神川を渡り返して、元の林道に戻ってしまうよ。

この黄色矢印に沿って下流方向に行くと、はっきりとしたトレイルが現れる。そのトレイルで少し下り、五味谷出合いから、谷に沿って登り出すルートが五味谷ルートだ。

花崗岩の河床を流れる五味谷。堂山に向けて五味谷は急激に突き上げていく。至る所ランチ場所にできそうな雰囲気だ。すっかり遅くなってしまった昼飯を適当な岩場で作ることに。

日ごろはスパゲッティの時に使っているボロネーゼのソースを焼き飯にかけてみたのだが、酸味がきつい感じがして、ご飯にはいまいち合わないような。スパゲッティの時は感じなかったのだが・・・。不本意な昼飯でした。今度アウトドアスパゲッティを研究するかなあ。

竜王山系、三上山(近江富士)、金勝寺アルプス(近江湖南アルプス)、そしてこの堂山周辺は花崗岩が至る所露岩している。そう言えば比良山系とか比叡山も花崗岩が露岩していたよなあ。琵琶湖を取り囲むように花崗岩が分布している。花崗岩が広範囲に露岩している場所を『ハゲ』とかいったな。

五味谷のクライマックス部分。写真奥に砂防堰堤が見えますなア。堰堤上部は平らな流れとなる。

こちらは天神川の源流部の鎧堰堤と迎不動堰堤間にある花崗岩の滝。当然だけど、五味谷と雰囲気はそっくりだ。

琵琶湖だ。大津市とその向こうは比叡山だ。更にその向こうにはさきもりちゃんの点検修理をよく行うランドローバー京都(生まれ故郷はスロバキアのニトラかッ!)がある。

更に目を北に移すと、比良山系(橙矢印)、草津市(緑矢印)、近江富士として有名な三上山(青矢印)が視界に入るようになる。滋賀県の地理の勉強には最高の場所だね。

堂山直下の花崗岩。琵琶湖周辺では7000~8000万年前に大規模な火山活動が起こり、その時の巨大カルデラの名残がこれらの花崗岩類ということらしい。

堂山山頂に到着。もう夕方の日の光になっている。5時には真っ暗になるから、残された時間はあまりないなぁー。笠間ケ岳を経由することは不可能かもね。

堂山山頂以降も露岩した花崗岩の間を通り抜けたり、よじ登ったり、スリリングで楽しい縦走が味わえた。ただ風化花崗岩の砂(マサ)は滑りやすいので気を付けないとね。

旧鎧堰堤のバックウォーター部分。日差しが傾き、防人の影が長く伸び始めている。現在、鎧堰堤のダム湖部分は花崗岩が風化した砂、マサ土に埋め尽くされている。

新鎧堰堤から旧鎧堰堤を見学できるようになっている。明治22年(1889年)に竣工し、堤高6.8m、11段の階段形状となっている。

こちらは迎不動堰堤と呼ばれているもので、日本とオランダの交流が始まって400周年にあたる2000年の時、構築されたものらしい。鎧堰堤と同じ階段式なのね!

何となく予想できたことだが、笠間ヶ岳山頂から上関バス停間の登山道は通行止めかぁー。時間的にも厳しいので、今回は笠間ヶ岳登頂は諦めますかな。今度、新名神の建設作業が終了した後に登山に来ますか。

天神川に沿ってひたすら下流に歩いてくると、さきもりちゃんを駐車してある田上枝公園にたどり着く。水場で汗を洗い流し、さっぱりした状態でさきもり号のドライブ開始だ。さーて、夕飯はどうするか。

三上山の麓にある来来亭総本家に行こうかとも思ったが、昼が遅すぎたのでいまいちお腹が空いていない。そこで、さざなみ街道に合流して、琵琶湖畔に沿って走っていると、琵琶湖大橋の所に来た時、来来亭が視界に入ったので、何となく入ることにしてしまった。頭の中が来来亭モードになっていたのかもしれない。であるなら、来来亭本店に行ってもよかったかもしれないね。

学生時代の防人のあだ名は『大盛り君』である。学生時代から現在まで必ず「大盛りご飯」を注文してきているので、今回も餃子定食(ライス、餃子、ラーメン)を注文した時には、無意識にご飯を大盛りにしてしまった。冷静に考えると、ラーメンが炭水化物、ご飯も同様、餃子も炭水化物で周囲を被覆されている。お腹があまり空いていないにもかかわらず、炭水化物尽くしの夕飯となったのだが…。

今回は混ぜそばを注文したが、これは美味しかった。餃子もGoodだ。しかし、である。ご飯の大盛りが予想以上の量であり、寝坊に伴う遅めの昼飯のせいで防人のお腹があまり空いていなかったことが重ね合わさって、ご飯を残すという前代未聞の失態を演じる羽目に!まだまだ、防人はおのが身を客観的に解析する俯瞰的見方を会得できていなかったのだ。

お腹がはちきれんばかりの状態でさきもりちゃんの所に戻り、再び、さざなみ街道を米原、長浜方面に向かって運転開始したのだが…。鈴鹿PAでのトイレタイムが思うようにいかなかったことに加えて、昼・夕飯が合算され臨界値を越えたからだろうか、彦根あたりで緊急事態宣言発令となり、急遽、彦根のカインズホームのトイレに直行したのだった。
朝寝坊に端を発した番狂わせは、下道ドライブの強制的高速道への転換、鈴鹿PAでのF1的トイレによる不本意な便タイム(本当に勘便してくれ)、新名神建設のための登山道の閉鎖、登山開始時刻の遅延、それに伴う遅い時間帯の昼飯、笠間ヶ岳下山道の通行止めと行程の遅延が加え合わさることによる笠間ヶ岳登頂の断念、あまりお腹が空いていない状況での炭水化物ばかりの夕飯の注文とご飯の食べ残し、彦根付近での緊急事態宣言の発令、…。なんだか、今日はすべて歯車がかみ合わない一日であったことよ。
彦根のカインズのトイレから出てきて、駐車場を見ると、そこにはさきもりちゃんが・・・!しかし、よーく見ると、その向こうにスタバーがあるではないか。最近、アフォガードにハマっている防人としては、さきもり号を素通りして、スタバーに直行。エスプレッソ アフォガードのトールを注文して、それをチビリちびり飲みながら、さきもりちゃんとの夜のドライブを再開したのだった。米原で関ケ原・名古屋方面には曲がらず、そのまま、長浜、木之元まで北上し、国道303号に入り、坂内、揖斐川町、本巣、岐阜市、各務原、小牧、春日井を経て我が家に戻るという、大きな大きな遠回りをして夜のドライブを楽しんだのだが、これは昼の計画のゴタゴタを清算しても十二分に有り余るだけの充実したドライブタイムとなったのであーる。


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