娘ロストで悲しみに暮れている名古屋の我々とは対照的に、娘は信州松本での生活が楽しくて、日々出会う初めての体験に心躍らせる毎日のようです。「今日は美味しい定食屋さんを発見した」、「モンゴルの留学生の人と友達になった」、「お父さんは精神年齢が小っちゃくて変わり者だと思ったけど、大学に行ったらお父さんみたいな人がいっぱいいた」、…などなど日々の発見を連絡してくれます。まあ、これも時が経つと連絡もまばらなって来るのだと思いますが、今のところは頻繁に連絡をくれます。この前は、
挑戦状!\(\displaystyle \lim_{n \to \infty}x_n=a\) の時、\[\displaystyle \lim_{n \to \infty}\frac{x_1+x_2+x_3+\cdots+x_n}{n}\] の値を求めよ(解き方がわからない。助けてくれ)。
みたいなものがLineで送られてきたりして、思わず笑ってしまいました。挑戦状というからには「自分はわかっているけどお前はどうだ」というものだと思うのですが…。このような問題になると、高校レベルのいい加減な極限認識だと足元をすくわれてしまうでしょうね。高校では、\(n\)が限りなく大きくなる時、数列\(x_n\)が\(a\)に限りなく近づくことを\(\displaystyle \lim_{n \to \infty}x_n=a\) なんて書いてわかった気になっていますが、この程度の認識で上の問題を考えると、
\[\displaystyle \lim_{n \to \infty}\frac{x_1+x_2+x_3+\cdots+x_n}{n} \]
\[=\displaystyle \lim_{n \to \infty}\frac{x_1}{n}+\displaystyle \lim_{n \to \infty}\frac{x_2}{n}+\displaystyle \lim_{n \to \infty}\frac{x_3}{n}+\cdots+\displaystyle \lim_{n \to \infty}\frac{x_n}{n}\]
などとやって、各項の分子は有限で右の項に行くほど\(a\)に近づくけど、分母の\(n\)は無限大に行くので各項はゼロに近づくから最終的には”\(0+0+0+\cdots+0=0\)となる”なんてやってしまいかねませんよね。この誤った極限認識を使うと、
\[1=\frac{1}{2}+\frac{1}{2}=\frac{1}{3}+\frac{1}{3}+\frac{1}{3}=\frac{1}{4}+\frac{1}{4}+\frac{1}{4}+\frac{1}{4}\]
\[=\frac{1}{n}+\frac{1}{n}+\frac{1}{n}+\cdots+\frac{1}{n}\]
\[\vdots\]
\[=0+0+0+\cdots+0=0\]
みたいに考えて「\(1=0\)」というものすごいことを発見してしまうことになるのです。このように高校までの直観に頼った極限概念で無限大とか無限小を扱うと痛い目に合うので、大学以降では論理的に極限を考えていきます。つまり、\(\displaystyle \lim_{n \to \infty}x_n=a\) を
\[\forall \varepsilon > 0, \exists m \in N \mathrm{s.t.} n>m \Rightarrow \left|x_n-a\right|<\varepsilon\]
と定義するのです。そして、これ(イプシロンデルタ論法)が登場した瞬間からほとんどの人が落ちこぼれていきます。高校では数学が得意だったはずの人々が…。この定義の意味は、二人の後出しじゃんけん的掛け合いだと考えれば良いでしょう。
A「なんか好きな数字を言ってみろよ」
B「じゃあ、\(\varepsilon=0.1\)はどうだ」
A「残念でした。\(n(例えばn=100)\)より大きな番号\(n+1, n+2, \cdots \)に対応する数列たち\(x_{n+1}, x_{n+2}, \cdots \)では、\(a\)との差が
\[\left|x_{n+1}-a\right|<\varepsilon\]
\[\left|x_{n+2}-a\right|<\varepsilon\]
\[ \vdots\]
のように\(\varepsilon\)未満に収まっているよ」
B「それなら、\(\varepsilon=0.00001\)はどうだ」
A「フッフッフッ、どんな\(\varepsilon\)を持ってこようがこちらは\(n(例えばn=167800000)\)を発見できて、それより大きな番号\(n+1, n+2, \cdots \)に対応する…(以下同じ会話の繰り返し)」
このような掛け合いが繰り返されるとき、数列\( \lbrace x_n \rbrace\)は\(a\)に収束する、つまり、\(\displaystyle \lim_{n \to \infty}x_n=a\) と約束するのです。ですから、大学の数学科の先生から極限のレポートを出されたときは、このような論理によって答えを求めていかないとOKが出ません。まあ、僕としては数学科に進学する、または、物理でも弦理論とか極めて数学的なことをやろうとしている学生以外に「イプシロンデルタ論法」を要求するのはどうかと思うのですがね。
娘のレポートですが、まず、\(y_n=x_n-a\)と置くと、
\(\displaystyle \lim_{n \to \infty}\frac{x_1+x_2+x_3+\cdots+x_n}{n}\)
\(=\displaystyle \lim_{n \to \infty}\frac{\left(y_1+a\right)+\left(y_2+a\right)+\left(y_3+a\right)+\cdots+\left(y_n+a\right)}{n}\)
\(=\displaystyle \lim_{n \to \infty}\frac{y_1+y_2+y_3+\cdots+y_n+na}{n}\)
\(=\displaystyle \lim_{n \to \infty}\left( \frac{y_1+y_2+y_3+\cdots+y_n}{n}\right)+a\)
\(\displaystyle \lim_{n \to \infty}y_n=0\) の時、\[\displaystyle \lim_{n \to \infty}\frac{y_1+y_2+y_3+\cdots+y_n}{n}=0\] を示す。
ことになるのです。まあ、これは直観的にゼロに行きそうだけど、無限が絡んだ時、直観は当てにならず、論理のみが無限を切り開く唯一の道具なのですから、これもイプシロンデルタ論法でやるべきでしょう。最初の\(\displaystyle \lim_{n \to \infty}y_n=0\) は
\[\forall \varepsilon’ > 0, \exists i \in N \mathrm{s.t.} n>i \Rightarrow \left|y_n\right|<\varepsilon’\]
一方、示すべき事は、\(z_n=\frac{y_1+y_2+y_3+\cdots+y_n}{n}\)と置いておくと、
\[\forall \varepsilon > 0, \exists m \in N \mathrm{s.t.} n>m \Rightarrow \left|z_n\right|<\varepsilon\]
ですね。さて、\( 2\varepsilon’ = \varepsilon\)なる\( \varepsilon’\)を取ってみましょう。\( \lbrace y_n \rbrace\)は\(0\)に収束するわけですから、
\[この\varepsilon’ > 0に対し\exists i \in N \mathrm{s.t.} n>i \Rightarrow \left|y_n\right|<\varepsilon’\]
となるので、
\[y_1+y_2+\cdots+y_n=y_1+y_2+\cdots+y_i+y_{i+1}+y_{i+2}+\cdots+y_n\]
と\(i\)で分けると、
\(| y_1+y_2+\cdots+y_n | \)
\(=| y_1+y_2+\cdots+y_i+y_{i+1}+y_{i+2}+\cdots+y_n|\)
\(\leq |y_1+y_2+\cdots+y_i|+| y_{i+1}+y_{i+2}+\cdots+y_n|\)
\(\leq |y_1+y_2+\cdots+y_i|+| y_{i+1}|+|y_{i+2}|+\cdots+|y_n|\)
\(< |y_1+y_2+\cdots+y_i|+\left(n-i\right)\varepsilon’\)
上式の第二項は、
\[\frac{\left(n-i\right)\varepsilon’}{n}=\left(1-\frac{i}{n}\right)\varepsilon’<\varepsilon’\]
一方、第一項目の\( |y_1+y_2+\cdots+y_i|\)は\(n\)によっていない定数みたいなものなので、これを\(n\)で割ったものが\(\varepsilon’\)未満であれば、
\(\displaystyle\left|z_n\right|=\left|\frac{y_1+y_2+\cdots+y_n }{n}\right|\)
\(\displaystyle=\frac{| y_1+y_2+\cdots+y_n |}{n}\)
\(\displaystyle=\frac{|y_1+y_2+\cdots+y_i|+| y_{i+1}+y_{i+2}+\cdots+y_n|}{n}<\varepsilon’+\varepsilon’=\varepsilon\)
となり証明が終わりますが、\(n\)で割ったものが\(\varepsilon’\)未満である保証は全くないですよね。それなら、\(i\)より大きな自然数\(j\)を見つけてくれば、\(n>j\)なる\(n\)では
\[\frac{|y_1+y_2+\cdots+y_i|}{n}<\varepsilon’\]
と\(\varepsilon’\)未満にすることが出来きますし、\(|y_{i+1}|\)、\(|y_{i+2}|\)、…、\(|y_j|\)、\(|y_{j+1}|\)、…、は余裕で\(\varepsilon’\)未満であるのでこれで証明は終わりました。なんだか前置きが(エッ!これ前置きだったの‼)長くなりましたが本題に入りますか。以下ではイプシロンデルタ論法は用いることなく、高校的なレベルで極限を取ることにしますね。
無限等比級数の和の公式は、\(\left|r\right|<1\)
\[1+r+r^2+r^3+\cdots=\displaystyle \lim_{n \to \infty}\left(1+r+r^2+r^3+\cdots+r^{n-1}\right)=\frac{1}{1-r}\]
\(\left|r\right|<1\)の時しか使えないのに、この約束を破ってしまったかのような使い方をしたのだった。それを是正しなくてはならない。そこで、有限項までであれば\(r\)の範囲は気にする必要がないので、
\[1+r+r^2+r^3+\cdots+r^{n-1}=\frac{1-r^n}{1-r}\]
は用いて良い。また、前回示した、
\[\frac{\pi}{4}=\int_0^1\frac{1}{\sqrt{1-x^2}}dx =\int_0^1\frac{1}{1+t^2}dt\]
も思い出しておこう。
\[1-\frac{1}{3}+\frac{1}{5}-\frac{1}{7}+\cdots+\frac{(-1)^n}{2n+1}\]
\[=\int_0^t\left(1+\left(-t^2\right)+\left(-t^2\right)^2+\left(-t^2\right)^3+\cdots\left(-t^2\right)^n\right)dt\]
\[=\int_0^1\frac{1-(-t^2)^{n+1}}{1-(-t^2)}dt=\int_0^1\frac{1}{1+t^2}dt+(-1)^{n+2}\int_0^1\frac{t^{2(n+1)}}{1+t^2}dt\]
\[=\frac{\pi}{4}+(-1)^{n+2}\int_0^1\frac{t^{2(n+1)}}{1+t^2}dt\]
よって、\(n\to\infty\)の時、最後の式の積分が\(0\)に行ってくれれば、お望みのMGL級数が示せたことになる。そこで、上記第二項の積分の吟味を行う。
\[0\leq\int_0^1\frac{t^{2(n+1)}}{1+t^2}dt\leq\int_0^1 t^{2(n+1)}dt=\frac{1}{2n+3}\to0\]
となり\(0\)に行ってくれたので、これで怪しいところなくマーダヴァ・グレゴリー・ライプニッツ(MGL)の級数を示すことが出来た。めでたしめでたし。
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