その日はいつもより早い夕方5時30分ごろに退社し、家路についたのだった。いつもは、夜9時~10時に仕事が終わるのだが、この日はたまたま早く帰ることになったのである。
職場から愛用する自転車(GIOS)で夕方の街にこぎ出した。帰宅ラッシュ、夕方の買い物、…、いつも帰る時とは大違いの賑やかな街並みに少し恐れをなしながら、慎重に家に向けて自転車を走らせた。

裏通りの直線路左側を走っている時だった。向うから黒いベンツがやって来た。そのまますれ違うものと思い、防人は道路左側の直線ルートを維持し続けた。丁度、すれ違う間際になった時、この車が急にウィンカーも出さずに右折してきた(防人側に曲がってきた)のである(どうも、防人にとって左側にある駐車場に車を入れようと思ったらしい)。『衝突は回避できないッ!』と思った瞬間、体が宙に浮き、前方に一回転しながら地面に叩きつけられた。衝突の直前、腹筋に力を入れて、落ちる直前には体を丸めて受身の態勢をとったため、お尻辺りから(多分)落下してくれたのでヘンな捻じれとかは入らず、無難に着地した感じであった。また、ヘルメット着用していたので、頭も大丈夫だ。しかし、である。急激な腹筋の引き締めで、防人にはよくあることなのだが、お腹がつってしまったのだ。地面に横たわり、お腹がつり動けなくなって、うめき声をあげ、息もできない状況に陥った。ベンツの人も慌てていたのか、ドアを開けて外に出ようとするのだが、丁度ドアの所に防人の頭(ヘルメット装着されている)があり、ドアがヘルメットに引っかかって開けられない状況のようだ。ドアで頭が押され、それで体が動くとお腹のつりが激しさを増す。『オーイッ、そっとしておいてくれぇ―ッ』と心で叫ぶが、周囲の人は衝突の衝撃で防人がうずくまっていると思っているので大慌てである。衝突の衝撃は受身をとったので極小で回避できた。しかし、そのために腹筋に力を入れたことによるお腹のつりで苦しんでいるだけなのだが、こちらとしてもしゃべれないし、体を動かすと再びつりが再発し苦しさが存続するだけである。ジッとしてひたすらつりが収まるのを待つだけなのだが、周囲の人はまさかお腹がつっているだけとは誰も思っていないから、みんな興味本位で集まってくる。ベンツの運転手さんも少し車をずらして、やっとの思いで車から出てきて、
「救急車呼びましょうか!」
と語りかけてきた。こっちとしては、体の痛みよりお腹のつりが切実なだけなので、
「大丈夫です、大丈夫です、お腹がつって動けないだけですから」
とか細い声で応答する。その後、何度か救急車呼ぶ呼ばないのやり取りが繰り広げられたが、こちらとしても、衝突による体の異変は感じられなかったし、救急車で救命救急室に運ばれて”単にお腹がつっただけですから”ではカッコつかないのでひたすら固辞し続けたわけだ。そんなやり取りを見ていた、通りがかりの40代ぐらい(もしかしたら30代)の運動不足系の男の人が、
「こういう時は、どういう状況であろうとも病院に行った方がいいですよ」
と声をかけてきた。
「お腹つっただけなので大丈夫です。痛みは無いようだし、登山とかで転び慣れているから大丈夫です(今考えてみるとおかしな言い分だが)」
と答えると、
「大丈夫でも病院で診てもらいましょう。見るところお年を召されているようだし…」
とのたまったのだった。
『フわぁーッ、おい、貴様、防人様に向かってお年を召されているだとぉーっ。こっちは日々トレーニングをしていて、体力年齢は20歳だッ!貴様に比べてはるかに若いワイッ。おいッ、待てッ、お主の住所、電話番号を教えろッ!おいっ、おーいッ!!行っちまいやがったかぁー。くそぉー』
と心の中で叫んでいると、再びお腹のつりが再発しうめき声を上げ続けるのだった。
そう言えば、中さんの結婚披露宴の司会をした時、披露宴も終わり更衣室で普段着に着替えていた時にもこのような不埒な輩がおったなぁー。披露宴の司会と言う大役を終え、達成感に満ち溢れて更衣室に入ってみると、別な披露宴に参加していた70代くらいのおじいさんが着替えていた。こちらも、気持ちが解放され、饒舌になっていたものだから、着替えながらもその人との会話に盛り上がったのだった。お互い、着替えも終了し後は荷物をもって更衣室を出るだけになった時、息子のトクチン(当時小1)が扉を開けて中を覗き込んだ。
「もう着替え終わったから、そっちに行くよ」
と僕が返すと、トクチンは安心した表情で、扉をしめていなくなった。それを見ていた、おじいさんは防人に向かって言い放ったのだった。
「お孫さんッ!?」
『貴様ッ、孫なわけないだろッ!確かに、40歳の時に生まれた子ではあるが、いくら何でも孫はありえん。貴様の住所と電話番号を教えろッ!こっちは過酷な筋トレしているんだ。一生呪ってやるぞ』
と心の中で叫びちらしたのだった。
「いえッ、息子です。一緒に披露宴に参加したんですよ」
と表面は笑顔で、心の底は怒りのマグマが沸々と煮え繰り返っていたのである。
小学校4年生の時、防人は漫画『釣りキチ三平』の影響でヘラブナ釣りにハマっていた。一般にヘラブナ釣りを行う人の年齢は高く、おじいさんが多い。これは、釣のスタイルが椅子に座って、竿掛けに竿をかけたまま、ひたすらアタリを待つので、体力が衰えても楽しめるからだろう。それに、ヘラブナのアタリは繊細で、それなりの経験と技術が必要だし、道具も高価で、大人の財布を持ち合わせていないと楽しめないのだ。大人たちは高価な釣り座を設置し、パラソルを立てて日差しを防ぎ、釣り座の足元には中さん曰くデルカップ(お酒)が置かれ、チビリチビリとやりながら、里池で一日を優雅に過ごすのである。彼らの竿入れには、2メートルから9メートルくらいまでの高級へら竿(一本2~9万円くらいかなあ。竹の紀州へら竿とかなると一竿60万円位もする)がジャラジャラと入っていて、子供心にとても羨ましく『一本くらいくれないかなあ』と思ったことを覚えている。この時、防人はグラスファイバーの安い(3000円位だったかな)重たいへら竿(一本のみ)と地面に突きさす安い竿受け、魚を救う1500円位のたも網(おじさん、おじいさんたちは数万円~数十万円の網を使っている)であったが、遠くから見ればヘラ師に見えなくもない雰囲気は醸しだしていたのだった。もちろん、小学生なのでデルカップは飲んでいなかったが。更に、真夏だったので日差しから守るために頭から顔にかけて手拭いをかけ(パラソルを買うお金もないし、釣場までは自転車なのでそんなものを積んでいく余裕もない)、それを”ひょっとこ”みたいに顎で結んで、更には麦わら帽子をかぶって釣りをしていたのだ。場所は、神奈川県の大秦野にある震生湖(この池は関東大震災で誕生したのだ)だった。朝から何度も練餌を打ち込んで、やっとアタリが出だして、ワクワク感全開といった場面だった。そんな時、後ろの方で小学生らしき2~3人のグループがやって来た。彼らは震生湖を見て、「ウォー」と歓声をあげ、「さてどこで釣りをしよう」と相談を始めた。やにわに防人の後ろ辺りにやって来て、そのグループの一人が、
「チョット、オジサン、隣で釣りをしてもいいですか?」
と大きな声でのたまった。周囲を見回してみてもオジサンは存在しない。いるのは防人だけである。『俺様に声をかけてきたのか!同じ小学生同士の俺様に向かってオジサンとは何事だッ!』と思い、しかし、何だか振り返るのも躊躇してしまったが(だって、相手はこちらのことを”ザ・オジサン”と思っているのだから)、意を決して振り返ると、相手も『しまったッ』と思ったのか、驚きの表情を顔に浮かべ、
「アッ!スイマセン」
と一言謝って、そのグループはスゴスゴと立ち去って行ったのだった。何だか防人は老けて見られる風貌なのかなあ。心の中は20代のつもりなのだが。
結局、警察が来て現場検証をして、
「このまま体調の変化がなければ、物損事故として扱います。もし、体調が悪くなって、病院を受診した場合は医師からの証明書を出して頂ければ人身事故として取り扱うことにします。まあ、一週間以内くらいを目安に、連絡がなければ物損となりますのでよろしくお願いしますね」
と言われた。また、ベンツの運転手の方とも連絡先を交換し、その日は家に帰ったのだった。次の日の朝は丁寧にも運転手の方が電話してきてくれて、
「チョットでも体調に異変があったら、病院受診してくださいね」
と言ってくれた。昼には運転手の契約している保険会社から連絡が入り、『体調が悪くなり、病院を受診する場合は前もって連絡してください』という旨を伝えられる。これは、事故の場合、保険診療にならないので、保険会社に連絡せずに行くと一時的に自己負担(もちろん後で返金されるが)となる。レントゲンとかMRIをとったりすると、初回の医療費だけでも2万円~5万円は掛かってしまうらしい。流れは以下のようになるらしい。
保険会社に病院行く旨を連絡する。病院名も報告する。
⇒保険会社は加入者(今回の場合はベンツの運転手)に確認をとり、了承されると病院に連絡する。
⇒この連絡が入った後、受診する。
⇒証明書が医師から出されたら、それをもって、事故を担当した警察署に提出する。
⇒人身事故という取り扱いになる。人身事故になると運転手は違反点数が課され、物損事故に比べて大きな打撃になるらしい。
という流れになるようだ。
事故当日から次の日の午前中にかけて、防人の体は全く大丈夫だった。しかし、午後辺りから腰から足にかけて痺れなどの症状が現れた。更に次に日は痛みが現れたので、近所の整形外科を受診(もちろん、保険会社に連絡し、受診中に保険会社と病院の連絡がついたので、当然無料になった)し、レントゲンにより骨などに異常がないことが判明(て、当たり前だよね。骨折とかしていたらすぐに分かるだろうからね)。お医者さんと話し「3日間ほど様子を見て状況が悪化するようだったら、人身にしますか」と言うことになった。そして、二日後の朝は更に悪化で、起き上がるのが辛い状況になる。何だか頭も少し痛い感じだ。ただ、仕事には影響はない。事故の場合、後で症状が出るとは聞いていたが、本当なんだと思った。三日目(このブログを書いている日)は症状変化せず(イヤッ、もしかしたら少し良くなってきたかもしれない!恐らくは来週中には復活しそうな気配を感じるが・・・)という感じ。さーて、去年はさきもりちゃんのエンジン不調に悩まされたが(恐らく今は修理完了した)、今年は防人の体の不調が…なんてことにならないように来週中には何とか治るつもりである。そうは言っても、これから先どうなることやら…!トホホホッ!!
コメント
これはこれは・・・。
「お年を召している」の一言は置いておいて、「本人が大丈夫と思っても病院で診てもらう」のは正しいですね。
人間の不思議な力でこういう時は痛みが後から来ます。緊急避難的なためと思いますが。
アスファルト上での転倒経験は豊富なので。
本当に痛みは後から来るのですね。土曜日はどうなるかと思いましたが、今日(2月2日の日曜日)は少し痛みが鈍くなったというか、痛みがかさぶた化した?というか、何だか快方に向かっているような気がします。先ほどは、近所を20㎞ほどサイクリングしてみましたが大丈夫そうです。でも、今回の件で、事故の時はとにかく病院に行くべきだと痛感しました。今度、アスファルト上で転倒した時は(転倒したくはないけど)、ayuさんに相談します。よろしくお願いします。