生前、オヤジは
「我が家には宝物がいくつかあるのよ!」
とよく言っていた。その一つに歌川広重が描いた浮世絵「木曽路之山川・雪月花之内 雪」がある。この絵を購入した時、オヤジは勉強会の後の食事の時に、自慢げにみんなに披露していた。そこに、
「オタクッ(オヤジのこと)!一体いくらでこの絵を買ったでェッ?」
とおふくろの突込みが入った。それに対して、オヤジはニヤニヤしながら、
「5万円くらいだったよ」
といかにも意味ありげに答えたのだが、素直なおふくろはオヤジの答えを信じたようだった。当時僕は小学校高学年くらいだったが、その年齢でもオヤジの背後にある嘘を見抜けたのだが、おふくろは信じた(または、信じたようにふるまっていただけかもしれないが)のだった。
晩年、おふくろも、姉も他界した後、僕はオヤジに聞いてみた。
「広重の雪は一体いくらだったの?まさか、5万円と言うことはないよね。ゼロが一つ多いんじゃあないの?」
「…」
オヤジは何も答えず、ニタニタしている。
「ゼロが二つ!?500万円くらい?あの世に行く前に教えてくれよ。500万なのか?」
オヤジはニタニタしながら頷いていた。僕は視線を浮世絵に移し、雪山の中を流れる木曽川を眺めながら、「ここは一体どこだろう」と思いながら、「それにしてもオヤジは浮世絵にもなんと多額のお金をつぎ込んだことよ」と、オヤジのお金の使い方の凄まじさを改めて実感し、今は亡き姉のことも思い出して溜息がでるのであった。浮世絵はこれ以外にも、200枚以上ある。総額いくら費やしたのだろうか?なんだか、ランドローバーDefenderの値段がかわいく思えてしまうのだった。
2月18日、早朝5時、さきもりちゃんのスタートボタンを押し込んで、エンジンを点火させる。今日は山梨の実家の整理をし、甲府に一泊、次の19日は神保町の山田書店さんに東京の知り合いの家に来てもらって、オヤジの浮世絵を査定してもらうことになっているのだ。153号線から20号線(甲州街道)と走り継ぎ、白州の道の駅を目指す。

153号線のいつも立ち寄る平谷の道の駅。用がなくても、無意識に立ち寄ってしまう。ここの懸垂マシーンがお気に入りなのだ。

実家の整理、松本の娘の様子見などで、この景色も頻繁に見るようになったなあ!夜の諏訪湖の夜景も美しいですぞ。

“道の駅はくしゅう"に到着。後ろは甲斐駒ヶ岳の雄峰だ。

尾白川渓谷に沿って遊歩道があるんだなあ。今度歩いてみたいものだ。

今日の目的地の一つ、橋場文庫だ。ここはオヤジ殿の児童文学の本を引き受けてもらっている大事な場所の一つなのだ。こんなにも立派な旧家に図書室があるとは、ナント素晴らしい!

大人の読書会が開催されていて、山梨県内だけでなく、東京方面からの参加もあるらしい。本を中心とした色々な活動を行っている。オヤジの勉強会も何回かここで開催されたらしい。

文庫の入り口は全面開口部でとても開放的で明るい感じ。手入れされた美しい庭を鑑賞できる。

背後に回ってみると、蔵を文庫に改造したことがわかる。それにしても立派な造りだなあ!

二階は子供たちの本が展示されている。本だけでなく、ぬいぐるみやおもちゃなどが所々に配置されていて、大人も楽しくなってしまう。

吹き抜きを通して、一階と二階が穏やかにつながっていて、一日のんびりと本を読んで過ごしたい空間だ。窓からは優しい光が入り込んできていた。

一階は大人の本コーナーだ。ピアノの演奏会もあるらしく、本を通して文化的な催しが緩やかにつながっている。最高にくつろげる空間だ。

二階と同様に一階も本の展示を補完するように小物が展示されていて、これを見ているだけでも楽しい。
オヤジの児童文学の本を引き受けてくれている人々の中に、Hさんという人がいるのだが、白州(山梨の西側で小淵沢の近く)で橋場文庫という図書館の運営をやっているという話を聞いてはいた。その文庫が何とも驚いたことに、白州の道の駅から歩いてすぐそばの所にあるらしいのだ。この道の駅は休憩でほぼ毎回立ち寄っていた所なので、「何という奇遇!これは寄るしかないだろう」ということで、今回お邪魔させていただいたのである。旧甲州街道(?)沿いにある立派な旧家の蔵が文庫に改装されていて、あまりのすばらしさに言葉を失う。生前、オヤジもこの場所がとても気に入り、古代史の勉強会を何度となく開いたらしい。オヤジも好んだこの場所で、彼が生前集めた児童文学の本が、訪れる人の目に触れて、のんびりとした時間を過ごしていく。なんと素晴らしい本のリレーではないか。

橋場文庫を出発した後は、実家での遺品整理を苛烈にこなし、夕飯はお腹が空いたので、山梨県民の食の故郷"奥藤"に行くことにした。

奥藤はお蕎麦屋さんだが、僕にとっては天丼屋さん。ここの天丼を食べて育ったので、天丼=奥藤という恒等式が僕の中では成立している。写真は上天丼!一日頑張ったからご褒美ね。それに、明日になるとボキはお金持ちだからね。

宿泊はルートインコート甲府!駐車場に停めると、どこからともなくネコちゃんがやってきて、さきもりちゃんのそばにチョコンと居座った。そんなに気に入ったのかね?

ホテルの部屋からの甲府盆地の夜景。これは南東方向を眺めたもの。ここは2000~3000m級の山に囲まれた究極の盆地で、春には桃の花でピンク色に染まるそれはそれは美しいところ。
二日目の2月19日(月曜日)は、ホテルを6時45分に出発。さきもりちゃんとともには初めて(自分が運転する車では初めて)、甲府盆地より東の江戸方面を目指す。国道20号線(甲州街道)は勝沼、笹子トンネル、大月、猿橋、上野原、相模湖と貫いていく。相模湖で412号線に乗り換えて、厚木を目指す。
Yaさん夫婦は古くからオヤジの勉強会に参加していた人たちで、小学生の僕をよく遊んでくれたお兄さんお姉さんであった。このお兄さん(今はおじさんorおじいさん!?)が、Defender=防人=侍(さぶらう)と訳したことがきっかけで、このブログが”さきもりブログ”となった次第であり、このブログの名付け親であり、ディフェンダーの和名を初めて導入した偉い人なのである。このYaさん宅で浮世絵の鑑定、買取を行ってもらう段取りとなっているのだ。僕は山田書店さとの約束の時間より二時間ほど早く到着し、Ya奥様による昼飯をご馳走になる。そして、約束の時間午後一時ピッタリに山田書店さん到着。挨拶もそこそこに、査定開始。200枚以上ある浮世絵を手分けして、淡々と、手際よく査定していく。時たま我々との会話に加わりながらも、手をとめることはない。そして、二時間以上の時間が経過し、査定結果が!オヤジが数百万円払って手に入れた我が家の家宝である広重の”木曽路之山川 雪月花之内 雪”はいくらだったか!
値段は
「一千・・・・・・・・・・・・・!」
(帰りはランドローバー青山でV8ディフェンダーを買って帰るかぁーーーーーッ‼)

寝起きで不機嫌なさきもりちゃんの背後の建物は、昭和からある日産のディーラー。その奥がルートインだ。おふくろはこのディーラーでサニーとかスタンザとかの日産車を買っていたと思われる。

朝6時45分にルートインを出発し、国道20号線に入り、ひたすら盆地を東、つまり、江戸に向けて進む。笹子峠に向けて徐々に勾配を増していく。ここは勝沼付近で、ブドウの産地。小さなワイン醸造所も点在する。

笹子トンネルを越えると、大月の通勤ラッシュに巻き込まれる。今日は平日の月曜日なので、仕方がないか。

大月を越えて、猿橋、上野原を通り、相模湖畔のファミマでコメダの"まろやかミルクコーヒー"を買い足す。
「500円です(1500円)。複製品です。原画なら500万円以上で買い取りました。まあ、このような商売やっていて、このレベルの絵で原画に出会うことは稀ですけどね。美術館に展示されている絵でも複製だったりすることが多いですからね」
その夜はフレンチのフルコースではなく、近所のデニーズで”BEEFハンバーグステーキ(200g)~選べるソース”を肩を寄せ合い、三人で物静かに食したのであった。

Yaさん(夫)の書斎には、本、骨董、硯、…などが所狭しと並べられている。そして、写真中央の棚にはフライリールが!この夏、Yaさんと東北薬師谷にオヤジの供養を兼ねて釣りに行く予定になっているのだ。

山田書店の人たちは手際よく浮世絵を査定してく。オヤジが集めた絵は美人画が多いが、最近の流行は風景画だ。原画は高い値が付くことがあるが、複製は安い。
19時30分ごろにYaさん宅を出発し、国道246号線を伊勢原、秦野、松田、と走り続けたが、大荒れの天気の中、御殿場で集中力が切れ高速へ!疲れ果てた僕は時速80㎞くらいでトラックの後ろにコバンザメのように張り付いて走り続けた。富士市を越えたあたりだろうか、ポコン、ポコンと二度ほどさきもりちゃんに何かが当たったような気がしたが、暴風雨の中、眠気もあり、何も確認しないままひたすら名古屋を目指したのだった。名古屋到着は夜中の1時30分だった。疲れててはいたが、今から地獄にいるオヤジに電話をかけて、浮世絵の値段を是非とも報告しなくては!
コメント