Cafe Lagrange (雨読編6:世界で最も美しい公式 の導出)

Cafe Lagrange 雨読編

 団塊の世代の人たちへのアンケートを見ていた時、後悔していることは?という質問に対する回答に”育児に全くかかわらなかった”を挙げている人がとても多くいました。そこで、僕は子供を授かるという幸運に恵まれたとき、育児には積極的に関係して、後悔ないように思いっきり楽しもうと思ったのでした。色々な公園やイベントに行きましたが、中でも力を入れたのは料理です。娘が好きなもの(と言うより、僕が食べたいのものを)を色々と作ってみました。特にパスタは気に入ってもらえて、ボロネーゼ、ボンゴレ、ペペロンチーノ、バジリコ、…etcといろいろ造りました。もちろん、僕の研究テーマであるハンバーグをはじめ、グラタン、シチュー、とんかつ、…などもよく作りました。得意なチャーハンはあまり気に入ってもらえませんでしたが。世間では、父親は年頃の娘とは会話がなくなるようなことを言われていますが、娘の胃袋をがっちりつかんでしまった私とは会話がなくなることもなく、日々楽しいやり取りが続きました。

 そんな娘が中学一年生の時、数学に、というより、数学を研究する数学者の生態に興味を持ったようなのです。ちょうどその時、京都の数理解析研究所で『素数定理』についての一般向けの講座が4日間行われることを知りました。数理解析研究所(RIMS)というと数学、数理物理の世界で数学界をけん引している中心地。もちろん沢山の数学者もいて、彼らの生態を観察するのにもってこいの場所でしょう。娘に「夏休みは京都のRIMSに行って、午後はサイクリングでもして京都見物(自転車を車に積んでいった)、夜は美味し飯屋でも探すというのはどうだ」と誘ったところ、「行く行く!」と飛びついてきました。

 数学世界の王様として君臨したガウスは、15歳の時、夜な夜な素数を発見しその現れ方の規則性を捕えようと奮闘していました。例えば、\(1\sim10\)までの素数は

\[2,3,5,7\]

の4個です。\(1\sim100\)までの素数は

\[2,3,5,7\cdots83,89,97\]

25個です。同様に\(1000\)以下の素数は168個、\(10000\)以下の素数は1229、\(100000\)以下の素数は9592個、…とひたすら素数とその個数を調べていきました。そしてあることに気が付いたのです。ここで、\(x\)以下の素数の個数を\(\pi(x)\)と表すことにしておきましょう。この記号を用いると、\(\pi(10)=4\)、\(\pi(100)=25\)、\(\pi(1000)=168\)、\(\pi(10000)=1229\)、などなど。そして、ガウス青年は、この\(x\)をひたすら大きくしていくと、\(\pi(x)\)の値は、なんと関数\(\displaystyle x/\log x\)に迫ってくることに気が付いたのです。ちなみに、\(1000\div\log1000=144.76\)、\(10000\div\log10000=1086\)なので、\(\pi(1000)=168\)、\(\pi(10000)=1229\)だったから、それぞれ比を取ってみると、\(\displaystyle \frac{168}{144.76}=1.16\)、\(\displaystyle \frac{1229}{1086}=1.13\)と徐々に\(1\)に近い値になっていることはわかります。

ガウスの予想 \(x\longrightarrow\infty\)の時、\(\displaystyle \frac{\pi(x)}{x/\log x}\longrightarrow1\)となるであろう。

 これが成立すると、素数の個数を見積もることが出来ます。\(1\sim100\)まで数であれば、その間にどれくらいの素数があるのかは、個々に調べていけば(エラトステネスのふるいを用いて!)良いでしょうが、\(100000\)以下の数の中に素数はどのくらいあるのか(つまり、\(\pi(100000)\)の値はいくつか?)となると、これは数えていくやり方では日が暮れてしまいますね。そこで、ガウスの予想を使うと、

\[\displaystyle \pi(100000)\sim\frac{100000}{\log100000}=8685.889\cdots\sim9000\]

くらいと見積もることが出来る訳です。実際は\(\pi(100000)=9592\)個なのでまあいい感じですか。そして、「数が大きくなればなるほど、正確に素数の数を見積もることが出来るようになりますよ」というのが15歳のガウスが予想した内容なのです。

 この予想の証明は困難を極め、100年後になってやっとジャン・ドラ・ヴァレー・プサンとジャック・アダマールにより独立に証明がなされて、上記の予想は定理(素数定理)になったのでした。この証明について4日間解説がなされたわけですが、複素数の微分積分を使いまくるので、中一の娘にわかるはずもないのですが、それを解説する数学者に興味を持ったようで、大人しく聴いていたのは驚きでした。周囲から見ると小学校か中学かよくわからないが、とにかく小さな女の子が複素積分が出まくる講義を楽しそうに聞いているのを見て周りの大人たちはビビったでしょうね。「天才少女現る」なんて誤解したかもしれません(笑)。講義が終了すると、昼飯を京都大学の学食で食べて、その後はサイクリングしながら京都観光です。

 初日は吉岡書店という古本屋さんを見た後、銀閣寺、下賀茂神社を見て回り、その後は夕飯場所を三条、四条方面に探しに行き、自転車で行ったり来たりしているうちに、地元系の人々が出入りしている串揚げの店を発見。二人で入店しカウンターの席に座りました。京野菜の揚げ物を中心に、厚焼き玉子なども美味しくて、とても充実した夕食タイムが取れました。娘も大喜びの様子でした。

 二日目は南禅寺、二年坂、三年坂、清水寺を見て回りました。二年坂、三年坂を娘の自転車と合わせて二台を担いで登っていたら、周りの観光客に励まされたのは良い思い出です。その後は、鴨川沿いにあるイタリア料理の店を発見し、そこでコース料理を頼みましたが、特に娘が大喜びでした。夕飯後は新京極を見て回り、弟(息子のトクチン)へのお土産として、新選組のはっぴと鉢巻きそして刀を買いました。

 三日目は少し遠出をして、嵯峨野、渡月橋までサイクリングをして、桂川のサイクリングロードを下り、途中で東方向に舵を切り、四条、五条あたりのめし屋さんを探しました。この日はやっぱり地元の人で賑わっているお肉屋さんを発見し、そこに入り、色々な種類のお肉をたらふく食べました。

 四日目は午後から車で奈良へ移動し、奈良の大仏、春日大社周辺をサイクリングして、三時のおやつに奈良ホテルのケーキセットを食べました。クラシカルな造りの落ち着いた雰囲気で、喫茶室から奈良公園方向のとても落ち着いた眺めは流石の一言でした。しかし、ケーキセットは高かったですね。後、この時、奈良公園では鹿に囲まれてワナワナしていたら、いきなりメス鹿にお尻を二回もかじられて、全くもってけしからんと思いましたね。

 この京都の四日間は、数学の迷走、寺社仏閣の探訪、夕飯場所の発掘ととても印象に残る旅でした。それでは京都旅行の話はこれくらいにして、調和振動子の運動方程式から派生した積分

\[\theta=\int_0^x\frac{1}{\sqrt{1-x^2}}dx\]

周辺の旅行に戻りましょう。但し、この積分では\(x=\sin\theta\)と置換したのでした。

 ここで唐突だが、以下の積分

\[\int_0^x\frac{1}{\sqrt{1+x^2}}dx\]

は出来るだろうか。これはかなり技巧的な置換:\(\displaystyle s=x+\sqrt{1+x^2}\)を実行することであっけなく解決する。しかし、この置換に気が付くのが大変だ(普通は気が付かないぞ)。

\[\frac{ds}{dx}=1+\frac{x}{\sqrt{1+x^2}}=\frac{s}{\sqrt{1+x^2}}\qquad \frac{1}{\sqrt{1+x^2}}dx=\frac{1}{s}ds\]

となる。\(x=0\)の時、\(s=1\)であるから、結局積分の結果は、

\[\int_0^x\frac{1}{\sqrt{1+x^2}}dx=\int_1^s\frac{1}{s}ds =\log s-\log1=\log\left(x+\sqrt{1+x^2}\right)\]

となる。さて、この積分と調和振動子の積分と何の関係があるのか?実は、調和振動子の積分変数\(x\)を\(\displaystyle x=\frac{z}{i}\)という風に虚数\(i\)を用いて置換すると、\(\displaystyle dx=\frac{dz}{i}\)であるから、

\[\theta=\int_0^x\frac{1}{\sqrt{1-x^2}}dx =\frac{1}{i}\int_0^z\frac{1}{\sqrt{1+z^2}}dz =\frac{1}{i}\log\left(z+\sqrt{1+z^2}\right)\]

を得る。ここから

\[i\theta=\log\left(z+\sqrt{1+z^2}\right)=\log\left(ix+\sqrt{1-x^2}\right)\] \[=\log\left(i\sin\theta+\sqrt{1-\sin\theta^2}\right) =\log\left(i\sin\theta+\cos\theta\right)\]

となるので、\(\displaystyle i\theta=\log e^{i\theta}\)であるから、なんと、オイラーの公式

\[e^{i\theta}=\cos\theta+i\sin\theta\]

が降臨された。そして、この式で\(\theta=\pi\)とすると、世界で最も美しい公式( the most remarkable formula in the world)と言われている(と思わなければいけない!)

\[e^{i\pi}+1=0\]

を得る。この式が注目される理由は何か。それは、

\(1\)…掛け算に対する単位元。つまり、任意の数\(a\)に対して、\(a\cdot1=1\cdot a=a\)

\(0\)…足し算に対する単位元。つまり、任意の数\(a\)に対して、\(a+0=0+a=a\)

\(\pi\)…幾何学的不変量(直径に対する周長の比。円のサイズに関係なく一定)。

\(e\)…解析的不変量。つまり、指数関数\(e^x\)は微分演算に対して不変! \(\left(e^x\right)’=e^x\)

このように代数的に大事な量\(1\)、\(0\)、幾何学的に大事な量\(\pi\)、解析的に大事な量\(e\)が数学世界の愛、つまり、虚数\(i\)のもと、皆仲良く一つの式にまとめられているからである。更に言うと、\(\pi\)、\(e\)は超越数と言われる無理数である。無理数というと\(\sqrt2\)なんかもそうだが、\(\sqrt2\)は代数方程式(2次方程式)

\[x^2-2=0\]

の解となっているのに対して、\(\pi\)、\(e\)を解に持ついかなる代数方程式(2次、3次、4次、…、\(n\)次方程式)は存在しないことが証明されている(これが超越数の定義)。ただし、超越数かどうかを示すのは大変なことで、\(\pi\)、\(e\)のそれぞれは超越数、\(e^\pi\)もゲルファント定数という超越数だが、\(\pi+e\)は現在でも超越数かどうかわかっていない。そんな超越的な数\(\pi\)、\(e\)を\(i\)で結びつけると、\(0\)、\(1\)という整数(超越数ではない数)と関係してしまうというのも不思議だ。眺めれば眺めるほどにこの公式の不思議さが込み上げてくるわけだ。だから、この公式は世界で最も美しい(不思議な)公式と呼ばれているのだろう。

 我々の世界にも、愛のもと、人種、思想、宗教、国などを統合し、争いなどなく美しく組み上げる公式はないのだろうか。

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