前回、洞山・鷹巣山・金華山を周回登山していた時、視界に入った山々が今回の舟伏山・三峰山だった。国土地理院の地形図を眺めながら「舟伏山を往路、三峰山を復路として周回するのが楽しいのでは!」と妄想が広がり、そうなってくると一刻も早く行動に移さなくてはという思いになり、1月14日の水曜日に再び金華山付近にさきもりちゃんと共にやってきたのであった。

岐阜グランドホテル前の河川敷駐車場にさきもりちゃんを停めた。鵜飼い大橋→日野→舟伏山(262m 橙丸)→岩田山(270m 赤丸)→兎山(とのやま 172m 桃色丸)→三峰山(232m 緑丸!三峰というだけあって、三つの峰からなっている。小さな緑丸)→東海学院大学→鵜飼い大橋→駐車場

長良川左岸道路から藍川橋を渡り右岸道路へ。新藍川橋建設作業が行われていた。これが完成すれば通勤・帰宅時の渋滞が緩和されるということかな。

長良橋より上流側にある岐阜グランドホテル前の河川敷に無料駐車場があって、そこにさきもりちゃんを停めた。ここから鵜飼い大橋を目指す。

日野から舟伏山を見て、若干左手に回り込んだところに登山口がある。

まったく案内板などはないが、明らかにここを登れと言っている雰囲気がする。

登山口すぐにある給水塔を右手に見ながら、しばし急登が続く。そして、登りきると、その後はのんびりとした稜線歩き。

舟伏山山頂に近づいてくると、先日(日曜日)に降った雪が登山道脇にちらほら目に付くようになる。

ここが舟伏山山頂(262m)だ。

視界は開けていない。残念だ。

蛇首塚?地域の言い伝えがあるのかな?調べてみると、以下のような言い伝えがあるそうだ。

舟伏山を過ぎると、一度鞍部まで降りてから再び登り返す感じになる。登りきったところが岩田山山頂だ。
蛇首塚(へびくびづか)
むかしむかし、日野村に、病の母を助けるために必死に働く半六(はんろく)という若者がいた。ある日、草刈りをしていると、異様な手ごたえを感じて、手元を見ると蛇の首を鎌で傷つけてしまった。その夜、半六の前に大蛇が現れて「俺はお前の鎌で首を切られたので、もはや生きることは出来ない。しかし、孝行者であるお前を恨みはしない。その代わり、わしを舟伏山の山頂に埋めてくれ。そこから村を見守ってやろう。雨乞などの頼み事の相談にはいつでもこい」と言い残した。
村人たちは「蛇首塚」を建てて、この塚に雨乞いや願い事をするようになったとさ。

岩田山から急激に高度を下げ、鍋坂峠(なべさか)の鞍部から再び登り返すと兎山(とのやまorとそうざん)だ。

兎山から今まで歩いてきた岩田山(赤矢印)、舟伏山(橙矢印)を振り返る。ちなみに、緑矢印は岐阜城がある金華山だ。

兎山から長良川上流方向(朝、渡った藍川橋方向)を見る。手前の山は清水山(162m)というらしい。

兎山からの下山ルートを行くと、登山口には春日神社がある。

岩田の住宅街を横切り、新池の脇を回り、岩田坂というところのどん詰まりまで来たところの様子。青矢印方向に突き進むのだ。

登山口から尾根に沿って急激に高度を上げていき、一気に三峰山に登頂するようになっている(登山口から20分くらいで!)。

三峰山山頂には丁寧なことに、年賀状が貼られていた。展望は360度で素晴らしい眺めが約束されている。

今回はディリーヤマザキで買ったパンを昼飯に!このようにするだけで、荷物をガクンと減らせて、機動力がアップするのだ。

三峰山頂からは前回登山した洞山・鷹巣山・金華山(緑矢印)の山塊(写真左側)が丸見えだ。橙矢印は先ほど登った舟伏山だ。写真奥は雪雲に覆われた伊吹、関ケ原、養老だ。

南側は濃尾平野が一望できる。手前の山(権現山というらしい。この辺りには至る所に権現山があり紛らわし)の向こうは名古屋市だ。

山頂近くから南に派生する尾根の232という地点に三峰展望台がある。ここからの景色も抜群だ。まあ、山頂も景色良いので、ここまで来る必要はないかもしれないが。

先ほど登ってきた舟伏山・岩田山だ。写真で見るとフタコブラクダのようになっていることが一目瞭然だ。

山頂は展望抜群だし、稜線歩きでは写真のように岩場が登場したりで、三峰山はとても変化があって面白いところだった。

東海学院大学の脇に降りてきた。"陸軍墓地入り口"とある。岐阜から出征した陸軍軍人の墓地かな?満州事変戦病没者の碑や軍馬の碑があるようだ。

下山したところから1時間ほど歩いて、岐阜グランドホテル前の駐車場に到着した。帰路は各務ヶ原のスタバーでエスプレッソアフォガードを買って、それを飲みながらドライブを楽しむことにしますかな。ウッフフ。
そういえば、ディフェンダーはダカールラリーに参戦するとか言っていたけど、結果はどうなっているのだろうか。ダカールラリーッて今ぐらいの時期(一月の上旬から中旬)にやっているはずなんだけど。まあ、参戦する部門はトヨタ車体が十数連覇中なので初参戦だと(大昔に参戦したことがあるようだけど、随分と久しぶりだからということで、ほぼ初参戦と言ってもいいよね!)チト苦しいかもね。その昔、防人が初めてパジェロを購入した時は、三菱パジェロがダカールラリー(当時は”パリ・ダカールラリー”と呼ばれていたと思うが…!)で頑張っていた。その時はマイパジェロでダカールラリーに参加することを結構本気で考えたりもしたのだけど…。懐かしいもんだね。


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